律家会弁護士学者合同部会
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大阪空港訴訟における司法権の独立の侵害に抗議するとともに、
公正な裁判の実現を求める決議
 戦後刑事法学の第一人者である東京大学名誉教授の團藤重光氏が、最高裁判所裁判官在職中に担当した「大阪空港事件」の審理過程が、故団藤氏の記したノートに記載されていたことが各種報道によって判明した。
 大阪空港事件は、大阪空港の周辺住民らが航空機の夜間飛行差止め・損害賠償などを求め、国を相手として提起した訴訟である。同訴訟の大阪地方裁判所の判決及び大阪高等裁判所の判決は、いずれも飛行差止めを命じたが、国が上告し、最高裁第一小法廷に係属した。
團藤重光氏が所属していた第一小法廷は、1978年3月の段階で「一応の結論」として、差止めを認めた2審判決を維持する方向を確認し、1978年5月の口頭弁論後に審理を終了した。
 しかし、その後、国側が大法廷回付の上申書を提出した翌日である同年7月18日、元最高裁長官である村上朝一氏が、当時の最高裁長官である岡原昌男氏に大法廷回付を求めるよう電話をしたという。
 團藤重光氏は、長官室で村上元長官の電話を受けた岸上康夫裁判官の話として詳細をノートに記しており、「法務省側の意を受けた村上氏が大法廷回付の要望をされた由。(この種の介入は怪しからぬことだ)」と批判している。
 その結果、岡原昌男氏が大法廷での審理とすることを第一小法廷の裁判長である岸上康夫氏に告げ、同訴訟は大法廷に回付され、審理が再開された。
 その後、大法廷における審理を経て、同訴訟は1979年11月に結審したが、裁判官が4人交代したことを理由に、当時の最高裁長官の服部高顯氏は、審理の再度の再開を決めたという。この時、内閣が新たに任命した4人の裁判官は、いずれも大阪空港の飛行差止めを否定する立場の裁判官であった。
 このように、大阪空港事件の最高裁における審理は、最高裁元長官の介入による大法廷回付、さらに内閣による裁判官の人事権の行使を理由とした二度の審理再開という異例の経過を経たものである。
 結果、1981年12月16日、最高裁大法廷は、航空機の飛行の差止請求を不適法として却下し、住民側の逆転敗訴の判決を下した。この判決は、「国営空港には国の航空行政権が及ぶため、人格権または環境権に基づく民事上の請求として一定の時間帯につき航空機の離着陸のためにする国営空港の供用の差止を求める訴は、民事訴訟の対象にならず、不適法である」との論旨で差止請求を却下したものである。この判決に対しては、憲法学者及び行政法学者からの批判が非常に強い。
 今回発見された團藤重光氏のノートを研究した龍谷大学名誉教授の福島至氏は、最高裁元長官及び政府の同訴訟への介入の目的について、当時は公害が大きな社会問題となっていたため、最高裁判所が差止請求を認容し、国の責任を認める判決を出した場合、他の騒音訴訟・公害訴訟への波及効果を懸念したのだろうと述べている。

 日本国憲法第76条は、「裁判官は、その良心に従い独立して職権を行い、この憲法及び法律のみに拘束される。」と定め、司法権の独立を保障している。この条文の趣旨は、司法権以外の権力である行政府や立法府からの対外的な介入のみならず、当該裁判体以外の他の裁判官からの対内的な介入も許されないものと解されている。
 元最高裁判所長官が「法務省側の意を受け」、現職の最高裁長官に対し、大法廷への回付を求めたことが事実であるとすれば、行政権が司法権に介入し、大法廷への回付を行うように圧力をかけたものに他ならない。そして、現職の最高裁長官であった岡原昌男氏は、その圧力に屈し、第一小法廷の裁判長であった岸上康夫氏に対し、大法廷で審理するように告げ、大法廷回付がなされた。これは、審理を担当する裁判体に対する不当な介入に該当する。すなわち、これらの経緯は、憲法第76条による司法権の独立を揺るがし、裁判の公正に対する国民の信頼を損ねるものであるといわざるを得ない。
 司法権の独立をめぐっては、かつて、長沼ナイキ訴訟において、札幌地方裁判所所長が、審理を担当する青法協会員であった裁判長に対し、国側の主張に沿った判断を下すように考えを翻すよう指導する書簡を送付したという、いわゆる平賀書簡問題が発生している。この問題で平賀所長は最高裁判所臨時裁判官会議から注意処分を受けており、最高裁も、司法権の独立に関しては、厳格に守られなければならないとの認識を有していたはずである。
 にもかかわらず、元最高裁判所長官及び現職の最高裁判所長官は、大阪空港事件において、司法権の独立を害する行為に及んでいる。このような事態は裁判の公正を害するものであり、発足以降、憲法を擁護し平和と民主主義および基本的人権を守ることを使命として、公平な裁判の制度の下、各種訴訟で基本的人権の擁護に努めてきた当部会の活動の根幹を揺るがすものであって、看過できるものではない。

 さらに、最近、フリージャーナリストである後藤秀典氏による論考(雑誌「経済」5月号)によれば、日本の法律界には、いくつかの巨大な法律事務所があり、最高裁判所判事の系譜は、これらの巨大法律事務所と深い関わりをもって形成されている。少なくない最高裁判事が、これらの法律事務所に所属・あるいは共同経営者となっている弁護士から採用され、あるいは最高裁判事を退官後に、これらの法律事務所に就任している。すなわち最高裁判事の給源としても、天下り先としても、これらの法律事務所が大きな存在となっている。
 このような実態に加えて、これらの法律事務所に所属する弁護士は、原発事故による損害の賠償を国と東電に対して請求する裁判や株主代表訴訟において、東電の代理人になり、国の指定代理人に就任し、あるいは東電の社外取締役に就任するという様々な関係性を重ねている。さらには東電を「監視」する立場にある原子力規制庁に勤務した経歴を有するなど、その関係性は複雑である。
 こうした最高裁判事と巨大法律事務所との相互の関係性は、上記の損害賠償請求訴訟などにおいて、司法の独立を損なう畏れはないのか、といった問題も生じている。

 当部会は、大阪空港訴訟における、元最高裁判所長官による介入、及び現職の最高裁長官による裁判体への介入は、司法権の独立を侵害するものであり、厳重に抗議する。
 また、当部会は、立法府、行政府、及びすべての裁判官に対し、司法権の対外的な独立・裁判官の対内的な独立が公正な裁判を実現するために極めて重要な憲法上の要請であることを再確認すること、現在原発損害賠償訴訟において行われているような司法権の独立を脅かすような行為を直ちに取りやめること、そして、万一、今後司法権の独立を脅かすような不当な働きかけがあった場合には、毅然とした態度でそれらの介入を拒否することを求めるものである。
2023年6月25日
青年法律家協会弁護士学者合同部会
第 5 4 回  定  時 総 会
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