律家会弁護士学者合同部会
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トランスジェンダーに対する排除的言説に反対し、
性的マイノリティの尊厳を守るよう求める決議
1.トランスジェンダーへの排除的言説を巡る状況
 2018年7月、お茶の水女子大学が2020年度からトランスジェンダー学生の受け入れを開始するとのニュースが発表された。日本では、この発表を受けて、一部のTwitter利用者からトランスジェンダー排除的言説が発信されるようになった。その後も、実態とは異なる誤ったトランスジェンダー像が政治家等の著名人から発信されたことで、トランスジェンダー排除的言説が主にSNS上で増加することとなった。
 さらに、2021年6月、いわゆるLGBT理解増進法案(「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案」)の国会提出が見送られた。見送りにあたり、自由民主党の一部議員から「LGBTは道徳的に許されない」「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」等の発言や、実態とは異なる誤ったトランスジェンダー像を語る発言があったことが報道された(なお、その後の報道によれば発言者の中には自民党内部で「お騒がせした」と謝罪をした者がいたようであるが、市民に対しては発言の撤回や謝罪はされていない)。
 こうした発言をめぐり、差別の禁止を求める声が当事者や各地の弁護士会などから多数挙げられた。一方で、そうした差別禁止を求める声に反発する形でトランスジェンダーに対するデマや差別の煽動の言論がインターネット上でますます盛んになった。

2.排除的言説やデマの概要
 以下、近時よく見られる言説について述べる。

(1)「性別は身体でのみ決まる」という言説
 こうした言説は医学と人権思想の到達を否定するものである。
 かつては割り当てられた性別に違和感をもつことは精神病として扱われ、19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて精神疾患としての概念化が進んだ。性別に違和感をもつ者への治療は1960年代までは主として性自認を変えさせて身体的性別に一致させようとするものであったが多くは失敗に終わった。その後、外科的技術と内分泌学が進展し、身体的性別を性自認に一致させるという治療方針が登場し、これが性別に違和感を持つものへの治療の主たる指針となった。
 他方、同様に精神疾患と扱われていた同性愛は1980年代には精神疾患ではないものとされるようになり、1990年、世界保健機関(WHO)は、「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とならない」と宣言した。こうした医学的な見地から、性別に違和感をもつこと自体も同様に、何ら間違っていることではなく多様なセクシュアリティのひとつで、少数の者のことであるからといって精神障害・精神疾患とすることは適切ではないとの意見が提起されるようになった。
 そこで、米国精神医学会は2013年、精神疾患の診断統計マニュアル「DSM−5」において性同一性障害(gender identity disorder)の概念を廃止し、性別違和(gender dysphoria)という疾患名を採用した。さらに、WHOは2019年、国際疾病分類「ICD−11」において性同一性障害の概念を廃止し、性の健康に関連する状態の下位分類として性別不合(gender incongruence)という概念を採用した(2022年1月から、実際に正式に使われ始める)。
 日本における「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第2版)」でも「歴史的ないし文献的な検討あるいは自らの治療経験から、ジェンダー・アイデンティティを身体的性別に一致させることを可能にする治療は知られていない。」と確認されており、ジェンダーアイデンティティを治療により変更することは可能でないことが明らかになっている。
 こうした医学的見地の進展と並行して、ジェンダーアイデンティティの尊重が人権にかかわるものであるとの認識が進んだ。2006年、元国連人権高等弁務官をはじめ、国連人権機関などの専門家により「ジョグジャカルタ原則」が採択され、すべての人が性的指向および性自認に基づく差別をされることなく、すべての権利を享受する権利がある原則が確認された。
 以上からすれば、「性別は身体でのみ決まる」という言説は、身体により割り当てられた性別とは異なるアイデンティティをもつことを異常な状態とみなすことにつながるものであり、上記の医学上の認識に反し、また現代における人権思想にも反するものである。

(2)「トランスジェンダーへの差別を禁止すると、女性への性加害目的の女装男性が女性トイレに入ってくるようになる」などの言説
 そもそも、こうした言説が述べる「リスク」には現実的な根拠がない。例えば、カリフォルニア大学ロサンゼルス校が2018年に発表した大規模調査では、性自認による差別を禁止した地域としていない地域を比較し、トランスジェンダーが性自認によりトイレを使うことが法的に認められても性犯罪増加につながっていないことが指摘された。
 また、性自認の尊重や差別禁止を掲げる法律が存在するかどうかにかかわらず、性犯罪目的で女性トイレに入る行為は、その者の性自認、性的指向、身体の状況にかかわらず、それ自体が建造物侵入罪を構成する。
 上記言説は、あたかもトランスジェンダーへの差別禁止と性犯罪に因果関係があり、トランスジェンダーがその責任を負うべきかのように印象づけるもので、不当にトランスジェンダーに対する恐怖や不安を煽るものである。
 また、「トランスジェンダー女性と男性との区別が出来ない為に、トイレを利用するシスジェンダー女性に不安感が生じる」ことを根拠として、性別適合手術が未了のトランスジェンダー女性のトイレ利用を認めるべきでないとする言説もある。
 しかし、これらの「リスク」「不安」の懸念は、往々にして、当事者の実態や現実の施設管理状況等を踏まえずに発信されている。一口に「トランスジェンダー女性」と言っても、社会生活上の性別移行の程度は各人毎に様々である。多くの人が、トイレ利用といった日常生活を送る際にトラブルに巻き込まれたくないように、同じくトランスジェンダー当事者の多くも、トイレ利用にあたって、トラブルに巻き込まれないよう行動している。自身の外見的状況を踏まえた上で、他のトイレ利用者に混乱を与えないように、使用するトイレを選択する、そもそも外出先ではトイレを利用しないといった手段をとる等しているのが現実である。排除的言説発信者の懸念する「リスク」は、このような当事者の実態を無視して主張される、抽象的不安にすぎない。多くのトランスジェンダー女性の生活実態からも掛け離れたこのような主張は、いたずらに危険を強調するものと断じざるを得ない。

(3)「性自認が女であると主張されると、男性器を備えた者であっても女湯の利用を拒めなくなる」といった「リスク」を主張する言説
 この言説もまた、現実の施設管理の状況及び当事者らの実状を踏まえていない非現実的で根拠のないものである。
 そもそも、施設利用の可否は、施設管理者により判断されるものである。そして、裸となって利用する公衆浴場の性質上、合理的施設管理権の行使として、施設管理者が、利用者の外性器の形状により混乱が生じうるような場合に、入浴の利用を拒否しもしくは利用に関し何らかの制限を課す判断をしたとしても、必ずしもそれが不当な差別として違法性を帯びるものではない。合理的な理由や制限方法、告知方法を用いれば、施設管理権者が合理的な区別として利用制限を実施することは可能である。上記言説は、あたかも利用制限が一律に違法となるかのように論じ誤解を生じさせトランスジェンダーという属性を不当に危険視させるもので、明らかなデマである。
 こうした「リスク」主張の中には、海外のトランスジェンダーが女性刑務所で引き起こした性犯罪を例に挙げて「リスク」の正当性を主張する者もいる。しかし、そもそも、差別禁止法が存在する国であっても、単に性自認が女性であると主張するだけで女性刑務所といった収容施設に移送されるわけではなく、精神科医等の審査を経て、承認された場合に限って女性刑務所への移送が認められる。上述した海外の女性刑務所での事件は、審査対象者の過去の犯歴照会を怠るという過誤により発生したもので、差別禁止法の存在により発生した犯罪ではない。他方で、トランスジェンダー女性が男性刑務所に収容されたために、虐待を受けた事例も存在するのである。

(4)トランス女性を指して「自認女性」「身体男性」と表現する言説
 こうした言論は、トランスジェンダー女性のジェンダーアイデンティティを否定するものであると同時に、「トランス女性は『女性』ではない」というメッセージを含むものである。このことは、上記の各言説とあいまってトランス女性について、女性への加害目的や女性の装いをする者であるかのように印象づける効果をもたらしかねない。実社会に現に存在する多数のトランスジェンダーへの不当な差別や排除の煽動につながりかねない危険があり、看過することは出来ない。

(5)小括
 以上のとおり、トランスジェンダーの実態や現実の社会システムとはかい離した仮定から導き出される誤った「リスク」を根拠に、トランスジェンダーに対する排除的言説やデマが繰り返し発信されている。そして、このような誤ったトランスジェンダー像の発信が繰り返されることで、当事者は精神的にも社会的にも追い詰められるのである。

3.人権課題であること
 ジェンダーアイデンティティは、一人ひとりの人生を決める重要なアイデンティティの一つである。ジェンダーアイデンティティの尊重や、ジェンダーアイデンティティにかかわらず平等に扱われるべきことは憲法13条や憲法14条から保障されるものである。
 そして、ジェンダーアイデンティティが傷つけられる被害は深刻である。
 ホワイトリボンキャンペーンが2013年に実施した調査では、LGBTについて不快な冗談を受けた経験や「身体的な暴力」「言葉による暴力」「性的な暴力」「無視・仲間はずれ」の対象にされた経験がある児童の割合が性別違和のある者ほど高くなっていることがわかる。また、こうした被害により、学校に行くのが嫌になった、自殺を考えた、わざと自分の身体を傷つけた、人を信じられなくなったと回答する者も少なくない。
 また、LGBTQ+を対象に2019年に宝塚大の日高庸晴教授(社会疫学)が実施した調査(有効回答数10769人)では、トランス女性の57%、トランス男性の51.9%が性暴力被害を経験したことがあるとの結果が判明している。性暴力被害は、シスジェンダー女性だけの問題ではなく、トランスジェンダーにとっても重要な問題でもある。
 こうした「身体的な暴力」「言葉による暴力」「性的な暴力」「無視・仲間はずれ」など各種の暴力被害を苦に自死を選んでしまうトランスジェンダーが現に日本に少なからず存在することは、統計に顕われきらない問題として、社会全体で直視しなければならない。
 世界的には、トランスジェンダーへの差別意識に基づく身体的な暴力が直接的に死亡という結果をもたらす事件も多々ある。2020年10月1日から2021年9月30日までに世界中で殺害されたトランスジェンダーや多様なジェンダーの人たちが375人確認されたとの調査結果もある[うち96%がトランス女性またはトランスフェミニン(女性的なトランスジェンダー)]。事件の背景に差別意識があるものも少なくないであろう。
 こうした国内外の被害は、まさに個人の尊厳にかかるものである。それ故に、昨今国内外でみられるトランス排除的言説は到底看過できるものではない。

4.結語
 2021年与野党の議連においてLGBT理解増進法案について合意形成するに至ったのは、こうした人権侵害をなくしていくために、当事者や心ある人々が声を上げてきた努力があってこそのものであった。国は、こうした声に応えるべく、差別を解消するための実効性のある取り組みを行う責務がある。
 青年法律家協会弁護士学者合同部会は、1954年、憲法を擁護し平和と民主主義および基本的人権を守ることを目的に設立されて以降、任意的法律家団体としては国内最大の人権活動と情報ネットワークの場として、そのときどきの最先端の人権課題に積極的に取り組んできた。その実績と気概に基づき、ここに、トランスジェンダーへの排除的言説や差別の煽動に対抗し、トランスジェンダーを含む性的マイノリティの尊厳を守るために力を尽くすとともに、国に対して、差別を解消するための実効性のある立法を求めることを宣言する。

 以上、決議する。
2022年3月4日
青年法律家協会弁護士学者合同部会
                       第 4 回  常 任 委 員 会
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