律家会弁護士学者合同部会
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新型インフルエンザ等対策特措法等の
一部を改正する法律案に反対する法律家団体の声明
2021年1月20日
 改憲問題対策法律家6団体連絡会                                
社会文化法律センター 共同代表理事 宮 里 邦 雄
自 由 法 曹 団 団  長 吉 田 健 一
青年法律家協会弁護士学者合同部会 議  長 上 野  格
日本国際法律家協会 会  長 大 熊 政 一
日本反核法律家協会 会  長 大 久 保 賢 一
日本民主法律家協会 理 事 長 新 倉  修
 政府は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」という。)及び「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という。)の改正案(以下「本改正案」という。)を、1月22日に閣議決定し、今通常国会に提出する予定である。改憲問題対策法律家6団体連絡会は、以下に述べるとおり、本改正案に強く反対する。

第1 本改正案の概要
 特措法の改正については、緊急事態宣言前の措置として、@緊急事態措置を実施すべき区域となることを回避することが困難であるとして政令で定める事態が発生したと認めるときは、政府対策本部長が、「まん延防止等重点措置」を実施すべき期間、区域等を公示するとし、A「まん延防止等重点措置」の区域の都道府県知事は、一定の業態の事業者に対し、営業時間の変更等の措置を「要請」・「公表」することができ、正当な理由なく要請に応じない場合には、「命令」・「公表」ができ、また、命令の施行に必要な限度で「立入検査」・「報告徴収」ができるとし、B命令に違反した場合には30万円以下、立入検査・報告徴収を拒否した場合には20万円以下の「過料」を科すことを規定し、また、緊急事態宣言下において、C興行場等の施設管理者等が特措法45条2項の要請に応じない場合に「命令」ができることとし(同45条3項の指示を命令に改める)、命令に違反した場合は50万以下の「過料」を科すことを規定するとした。
 感染症法の改正については、@新たに都道府県知事による「宿泊療養」、「自宅療養」の協力要請を定め、その協力要請に応じない場合には「入院勧告」ができ、入院措置に応じない場合又は入院先から逃げた場合は「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を規定することとした。また、A入院措置の対象となる患者に対する疫学調査に際し、虚偽答弁や調査拒否をした者に対して「50万円以下の罰金」を規定するとしたほか、感染を疑う正当な理由がある者に対し、都道府県知事による健康状態の報告の求めに応じる義務を規定するなどとしている。さらにB厚生労働大臣・都道府県知事等は、医療関係者等に協力要請・勧告ができ、勧告に従わない場合は公表できるとした。

第2 本改正案の問題点
1 差別を助長するなど感染症対策にとって逆効果となる恐れがあること
 しかしながら、感染症対策のために刑罰や過料を振りかざして国民に服従を強いたり、患者を「犯罪者扱い」することは、国民の間に相互監視や密告のような行為を奨励し、「自粛警察」的行動を助長して国民の間に分断を持ち込み、感染状況をかえって潜在化させ、感染症対策に反する効果を生む可能性が高い。

2 入院拒否等に刑罰を科す立法事実が示されず、手段の必要性合理性もないこと
 そもそも、入院や宿泊施設での療養を拒否した人がどのくらい存在し、その結果、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が生じたとする立法事実が何も示されていない。刑罰という重大な人権制約を定めるにあたり、感染拡大を阻止するために刑罰が必要とするだけの立法事実が全く説明されていないのは大問題である。現実には入院したくても入院先が確保できないまま宿泊療養施設や自宅での療養中に死亡するに至ったケースも報じられており、政府が行うべきは、このような医療崩壊の状況をただちに改善し、入院や治療が必要な人すべてに医療を提供できる環境を作ることであり、入院勧告や強制入院措置に従わない者に対する厳罰規定を定めることではない。刑罰を科しても医療崩壊状況の改善には何ら効果がない。
 また、医療機関や医療関係者に勧告し従わない場合には名前を公表するという制裁で脅せば、医療崩壊の状況が改善するというほど単純ではない。医療崩壊を防ぐためには、病院が新型コロナウイルス患者を積極的に受け入れることが可能となるように、経営危機を回避するための経済的な援助を行い、中等症・重症患者を専門に受け入れる専門病院や中核病院を早急に整備するなど、医療供給体制の充実を図る国の施策が不可欠であり、これらの施策なしに、医療関係者に公表という制裁を課せば済むという問題では全くない。

3 調査拒否等に刑罰を科す立法事実が示されず手段の必要性合理性もないこと
 入院対象となる患者の疫学調査に際し、保健所等による行動履歴等の調査に応じない者に対する刑罰も、個人情報の保護や差別の禁止など安心して調査に応じられる環境が整えられなければ、感染自体を隠さざるを得ない人が増え、感染状況を潜在化させるだけである。安心して調査に応じられる環境を整備することがまず必要である。また、無症状感染者による市中感染が拡大し6割は感染経路が追えないという現実のなかで、憲法13条によって保障される個人のプライバシー権を大幅に制限することとなる疫学調査協力義務を刑罰をもって課す必要性や合理性があるのか、はなはだ疑問である。ここでも、疫学調査を拒否した人数とその影響など立法を根拠づけるエビデンスが十分に示されているとは言いがたい。

4 「まん延防止等重点措置」及び特措法45条3項違反の罰則化の問題性
 「まん延防止等重点措置」は、緊急事態宣言の効果を一部前倒しで認めるに等しいにも関わらず、その実体的要件は「政令で定める」とされており、内閣総理大臣の判断に全面的に委ねられる仕組みとなっている。要件が不明確であり、人権侵害の危険は大きい。そもそも、本当に緊急事態措置を実施すべき区域となることを回避することが困難であれば、その地域に限り緊急事態宣言を行えばよいのであって、「まん延防止等重点措置」をあえて定める必要性はないし、また、現行法で規定されている緊急事態宣言前の措置(特措法第3章)では不十分であることを示す立法事実も明らかとなっていない。
 都道府県知事には、休業命令や営業時間短縮命令など、憲法22条及び29条によって経済的自由として保障されている営業活動や財産権の行使に対する重大な制約を行う広範な裁量が認められており、しかも、過料を科すことが可能とされる。これは、憲法31条が保障する「何人も、法律の定める手続によらなければ……刑罰を科せられない」という適正手続の保障に反するものであり、また、憲法73条6号但し書が禁じる「政令による処罰」に等しいものである。命令違反に対する罰則が刑事罰でなく行政罰の過料であるとしても変わりはない。
 新型コロナウイルス感染症の拡大により経営環境や雇用環境が極めて悪化している状況において、十分な補償もなしに、制限や義務のみを強化する「まん延防止等重点措置」改正案は、適正手続の観点から認めがたく、実際にも事業者を含む市民の暮らしを苦境に追いやり、破綻させかねないという重大な結果を招く危険がある。
 さらに、特措法45条3項違反者に罰則(過料)を科す改正については、昨年の緊急事態宣言下においても45条3項に基づく指示が出されたケースはわずかで、多くの都道府県では緊急事態宣言発出後も24条9項に基づく協力要請が行われていたに過ぎないことからすれば、45条3項の(指示を改め)「命令」違反者に罰則定める必要性(立法事実)が果たしてあるのか、疑問である。

第3 特措法・感染症法に残されてきたより根本的な諸問題
 さらに、特措法には、次のような、より根本的な問題が残されてきていることを指摘しなければならない。

1 宣言発出要件が曖昧で内閣総理大臣に丸投げされていること
 第一に、緊急事態宣言発出が、「全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある」などの非常に抽象的な要件に基づいているために、宣言発出の可否の判断が、政府対策本部長である内閣総理大臣に丸ごと委ねられてしまっていることである。今回の緊急事態宣言の再発出についても、その曖昧な要件に加えて、それに該当するとした判断に十分な科学的エビデンスはあるのか、なぜ対象地域が1都3県であったのか、その宣言発出からわずか5日後に7府県を対象区域に追加するという判断は、裏返せば、最初の判断に誤りがあったのではないか、区域の追加を求めているその他の県を追加しないことに合理的根拠はあるのか、なぜ対象期間が1か月なのか、宣言解除の要件はなにか、なぜ営業の時短要請が飲食店のみに限定されたのか、その対象から除外されたパチンコ店やライブハウスなど他の業種に対する法的根拠のない協力の「呼びかけ」とはなにかなど、多くの疑問に答えが与えられないまま残されている。

2 国会での調査・審議の仕組みが全く欠けていること
 第二に、政府対策本部長の判断を支えあるいはチェックする仕組みがないことも問題である。緊急事態宣言がもたらす結果の重大性にかんがみれば、国会による事前の承認若しくはやむを得ない場合の事後の承認が必要とされ、政府対策本部長の判断の適否が国会において十分に調査・審議されるべきはずなのに、そのようなチェックの仕組みが用意されていない。そのため、政府対策本部長の独断や思い付き的なその場限りの対応が抑止できない。形式的になされる国会への報告も、緊急事態措置を統括する政府対策本部長である内閣総理大臣の出席を拒否したうえで、議院運営委員会に担当大臣が出席して説明することでお茶を濁している。その結果、政府対策本部長である内閣総理大臣が、緊急事態措置の追加対象区域を「読み間違える」という大失態を招き、緊張感のなさをさらけ出している始末である。

3 住民に対する私権の制限が「必要最小限」であるか疑問であること
 第三に、緊急事態に際して都道府県知事が行う住民に対する外出自粛その他の協力要請は、憲法22条が保障する移動の自由を制限するものであるし、特定の施設管理者等に対する当該施設の使用の制限や停止、催し物の開催制限や停止の措置は当該施設管理者等の営業の自由や財産権を制限するのみならず、その施設の利用者である住民の集会の自由などの基本的人権を広く制限する効果をもつものである。さらに、検疫のための病院や宿泊施設等の強制使用、臨時医療施設開設のための土地の強制使用など強制力を伴う強い私権制限も定められているが、それらのさまざまな制限が、特措法5条が要求する「必要最小限」の範囲にとどまっているかどうか、大いに疑問である。

4 事業者への補償が極めて不十分であること
 第四に、事業者に対する休業や時短の要請、命令がなされた場合に、十分な補償の定めもない。国及び地方公共団体に事業者に対する支援に必要な財政上その他の措置を効果的に講ずるものとされるが、営業の自由や財産権の行使が制限されるにもかかわらず、憲法が要求する「正当な補償」はなされず、「協力金」という名の交付金の支払いにとどまり、しかも、都道府県の財政事情に左右され、結果としてもたらされる地域的な不平等は憲法14条が保障する「法の下の平等」に反する疑いもある。それゆえ、特定の施設の使用の制限や停止、あるいは特定の業種に対する休業や時短の要請や命令は、「正当な補償」とセットでなければならないというべきである。

第4 結語
 これらの多くの疑問を置き去りにしたまま、刑罰や過料(行政罰)によって国民を威嚇し、新型コロナウイルス感染症を抑え込もうとする本改正案は、上記のとおり、そもそも立法事実としてのエビデンスを欠き、目的と手段の合理的関連性も疑わしく、重大な人権侵害を招く危険があり、結局、新型コロナウイルス感染症について国民の理解を深め、国民の支持と協力の下に当面する危機を乗り越えようという民主主義・立憲主義の理念に反するというべきである。
 政府のこれまでの新型コロナウイルス感染症対策の失政の責任もうやむやにし、また、昨年の緊急事態宣言の検証も反省もないまま、感染拡大の責任を国民に転嫁して、刑罰や過料を科すような政府発表の改正案については、断固として反対であることを、ここに表明する。
 以上
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