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政府に対し災害避難所における命を守るための施策を
迅速かつ確実に実施することを求める決議 |
1 「複合災害」の危機に直面する避難所
2020年7月上旬から中旬にかけての九州豪雨において、一時200万人近くに避難指示・勧告が出され、指定避難所によっては千人に迫る人々が避難した。2か月経った2020年9月上旬でも、熊本県と福岡県を合わせて1000人以上が避難所での生活を強いられている。
その一方で、緊急事態宣言解除後、新型コロナウイルス感染症の感染者数は再び全国的に増加傾向にある。2020年8月19日、日本感染症学会理事長が、講演の中で、日本の感染状態を「『第2波』のまっただ中にいる」と述べたことは記憶に新しい。新型コロナの感染予防策として、密閉・密集・密接(三密)の回避が求められているにもかかわらず、避難所の密閉した空間に、数百人、時には千人規模で人が密集することは、急激な感染拡大を起こしかねない。避難所には、当然ながら、新型コロナウイルスに感染すれば重篤化する危険の高い人も避難してくる。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、大規模災害が発生し、避難所で集団感染を招く「複合災害」への備えが、全国的に急務の課題となっている。
2 「本末転倒」にならないために
避難所内で集団感染が発生した場合、避難所に避難している被災者のみならず、市町村職員や医療・福祉関係者、災害ボランティアなど、多くの関係者の生命・身体が脅威にさらされることになる。
のみならず、自然災害に集団感染が重なる状況は地域医療体制に更なる負担をかけることになりかねず、また、関係者等を介して避難所外の感染リスクをも増大させ、新型コロナウイルス感染症の収束を阻害する要因にもなる。
さらに今年7月の豪雨災害の際には、避難所に避難した人がいた一方で、こうした感染に伴うリスクを恐れ、自宅や地域が災害に巻き込まれる危険な状況にあるにもかかわらず避難を躊躇したという声も、各自治体に多く寄せられている。事ここに至っては、災害からの「国民の生命、身体及び財産」の保護を謳う災害対策基本法(以下「災対法」という。)に照らして本末転倒した事態と言わざるを得ない。
したがって、避難所内の集団感染を防止するための実効的かつ根本的な対策を早急に講じるとともに、地域住民に安心して避難所を利用してもらうための周知を徹底する必要がある。
3 この間の政府の対応
日本政府(内閣府・総務省消防庁・厚労省)は、「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応について」(4月1日付け府政防779号他)及び「避難所における新型コロナウイルス感染症への更なる対応について」(4月7日付け事務連絡)等を発出し、「災害が発生し避難所を開設する場合には、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえ、感染症対策に万全を期すことが重要」とした上で、都道府県・保健所設置市などに対して、避難所の改良や可能な限りの避難所の増設、ホテル・旅館の活用、自宅療養者の在宅避難も含んだ適切な避難の検討を求めた。また、5月21日には「新型コロナウイルス感染症対応時の避難所レイアウト(例)」を示し、避難受け付け時や受け付け以降の発熱者専用スペースの確保、移動経路の設定、健康な者の滞在場所、発熱・咳等のある者や濃厚接触者専用室などのレイアウト例を都道府県等に通知した。さらに、6月10日に公表された「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応に関するQ&A」(第1版)では、自宅療養者の避難の考え方、濃厚接触者の避難準備、避難所で備蓄が必要な物資一覧、医療機関との連携、ホテル・旅館等の避難所としての開設に向けた準備、地方自治体に対する財政的支援などについて説明した。
しかし、こうした政府の通知等にもかかわらず、実際に避難所運営にあたる各自治体の現場では、新型コロナ対応を念頭においた避難所の設営に向けて課題が山積している状況である。たとえば、▽消毒液など感染症予防の備品の不足、▽避難所内に三密回避の空間を確保したことに伴う避難所不足、▽「避難所の衛生環境の確保」「十分な換気の実施」「発熱・咳等の症状が出た者のための専用のスペースの確保」といった後述の避難所運営ガイドライン等で十分に提起されてこなかった点への新たな対応、▽分散避難(自宅・親戚宅への避難やホテルなどの活用)が推奨される中での自治体の支援業務の増加などが挙げられる。
4 「尊厳のある生活を営む権利」という意識を
避難所における生活環境の向上という意識は、日本においても徐々に培われてきていた。東日本大震災の教訓を受け、2013年の災対法改正では、努力義務ではあるが、指定避難所等における良好な生活環境の確保に向けた取組が規定され(災対法86条の6)、「避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」も策定され、翌2016年には、この指針に基づく「避難所運営ガイドライン」も取りまとめられた。
もっとも、国際的な基準にはまだ追いつかない部分もある。赤十字・赤新月運動や国際N G O等は、ルワンダ虐殺時の難民キャンプにおける避難民死亡の問題を教訓として、1997年にスフィア・プロジェクトを立ちあげ、「人道憲章と人道対応に関する最低基準(通称『スフィア基準』)を定めるに至った。当該基準は、「災害や紛争の被災者には尊厳ある生活を営む権利があり、したがって、援助を受ける権利がある」「災害や紛争による苦痛を軽減するために実行可能なあらゆる手段が尽くされるべきである」という2つの信念のもとに、各人が難民や被災者に対する人道援助の場で守るべき最低基準を定めるものであり、避難所における権利の側面を重要視している。2018年版では、人道憲章、権利保護の原則、人道支援の必須基準、行動規範の4つの共通土台のうえに、給水、衛生および衛生促進、食料安全保障と栄養、避難所および避難先の居住地、保険医療の各分野における最低基準が定められている。
上記ガイドラインにも、スフィア基準を作ったプロジェクトの紹介が「生活の質の向上」の参考になるものとして挙げられているが、必ずしも権利として認識されているわけではない。設置状況によっては、最低基準であるはずのスフィア基準に及ばない部分も見受けられる。
欧米諸国では避難所の基準として、国費を使った簡易ベッドの日頃からの備蓄、家族単位のテント、心理的側面も考慮した、温かい食事を提供すること及びそのための専門職の存在などが法的に整備されている。スフィア基準の観点から見た場合の最低基準は満たされていると言って良いだろう。こうした支援は、単なる物理的居場所を提供する自治体と、その管理下に置かれる避難者たち、という図式からは辿りつきにくいものである。新型コロナウイルスという未曾有の脅威を前に、感染予防という視点が先立ち、より管理的処遇になりがちであるが、日常生活と同じように、尊厳ある生活を営む権利を有する場所なのだという意識を持つことが重要である。
5 結論
国は、避難所における新型コロナウイルス感染症対策について、「万全を期すことが重要」と明言している。そうである以上、国は各自治体が通知等の内容を実現できるよう、各自治体の実態把握に努めるとともに、必要に応じて技術的・財政的支援をするべきである。また同時に、避難している人々が尊厳ある生活を営むことができているかという観点からの、避難所運営のあり方を改善するべきである。当部会は、これらの施策を通じて、政府が災害避難所における命を守るための施策を迅速かつ確実に実施することを求める。 |
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2020年9月5日 |
青年法律家協会弁護士学者合同部会
第2回常任委員会 |
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