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岡口基一判事に対する戒告処分に対し、強く抗議する決議
 最高裁判所大法廷は、2018年10月17日、東京高等裁判所が申し立てた(以下「本件申立て」という。)、岡口基一東京高等裁判所判事(以下「岡口判事」という。)を被申立人とする分限裁判において、岡口判事を戒告するとの決定(以下「本件決定」という。)を下した。

 本件申立ての理由は、岡口判事が、2018年5月17日、ツイッターの自己のアカウントにおいて、東京高等裁判所で控訴審判決が出されて確定した自己の担当外の事件である犬の返還請求等に関する民事訴訟についての報道記事を閲覧することができるウェブサイトにアクセスすることができるようにするとともに、「公園に放置された犬を保護し育てていたら、3か月くらい経って、もとの飼い主が名乗り出てきて、『返して下さい』」「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」「裁判の結果は・・」との文言を記載した投稿(以下「本件ツイート」という。)をして、上記訴訟を提起して犬の返還請求が認められた当事者の感情を傷つけたことが、裁判所法49条に違反するとするものである。なお、審理の中で、争点は、岡口判事の行為が、裁判所法49条における「品位を辱める行状」に当たるか否かに絞られた。

 本件決定は、裁判所法49条にいう「『品位を辱める行状』とは、職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動をいうものと解するのが相当である」とした。

 そのうえで、本件ツイートは、「一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方とを基準とすれば、そのような訴訟を上記飼い主が提起すること自体が不当であると被申立人が考えていることを示すものと受け止めざるを得ないものである」と認定したうえで、「そうすると、被申立人は、裁判官の職にあることが広く知られている状況の下で、判決が確定した担当外の民事訴訟事件に関し、その内容を十分に検討した形跡を示さず、表面的な情報のみを掲げて、私人である当該訴訟の原告が訴えを提起したことが不当であるとする一方的な評価を不特定多数の閲覧者に公然と伝えたものといえる。被申立人のこのような行為は、裁判官が、その職務を行うについて、表面的かつ一方的な情報や理解のみに基づき予断をもって判断をするのではないかという疑念を国民に与えるとともに、上記原告が訴訟を提起したことを揶揄するものともとれるその表現振りともあいまって、裁判を受ける権利を保障された私人である上記原告の訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すことで、当該原告の感情を傷つけるものであり、裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせるものでもあるといわざるを得ない。」「したがって、被申立人の行為は、裁判所法49条にいう『品位を辱める行状』に当たるというべきである。」と判断した。

 しかしながら、本件決定には、次の4点において、極めて重大な問題がある。

 第1に、本件決定は、岡口判事の表現の自由を侵害するものである。

 憲法21条1項は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と定め、国民に表現の自由を保障している。たとえ裁判官であっても、一市民である以上、憲法上の権利を有することは当然である。そのため、裁判官は、表現の自由を有する。

 ツイッターによる投稿は、それが内心における精神作用を外部に顕出する精神活動であり、また、憲法21条1項が「一切の表現の自由」を保障範囲に含めていることからも、表現の自由として保障されているというべきである。

 この点、本件決定は、前記判断の後に、なお書きとして、「被申立人の上記行為は、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したものといわざるを得ないものであって、これが懲戒の対象になることは明らかである。」として、本件ツイートが、あたかも表現の自由の埒外であるかのような判断を示している。これは、表現の自由の保障範囲を不当に狭く解するものであって許されない解釈である。

 仮に、本件決定が本件ツイートも表現の自由の保障範囲に含まれると解しているとすれば、それを制限しうる根拠を、個別具体的に検討しなければならないが、本件決定では、そのような検討はされていない。

 さらに、本件決定では、裁判所法49条における「品位を辱める行状」の判断基準が一応は示されているものの、そこでは、「裁判官に対する国民の信頼」や「裁判の公正」という極めて抽象的な保護法益が掲げられているうえに、本件ツイートが「品位を辱める行状」に当たるか否かの考慮要素ないし具体的基準すらも明らかにされていない。

 結局のところ、本件決定は、憲法21条1項で保障される表現の自由を軽視し、何らの客観的基準に依拠することなく恣意的な判断をしているものといわざるを得ず、岡口判事の表現の自由を不当に侵害するとともに、ひいては裁判官の表現の自由を極めて制限する違憲決定である。

 第2に、本件決定は、裁判官の独立にも脅威を与えるものである。

 憲法76条3項は、裁判官の職権行使の独立を保障している。この職権行使の独立には、他者から職権行使に対し指示・命令を受けないことはもちろんのこと、他者から事実上の干渉を受けないことも含まれる。

 裁判官の私生活上の行為が広く懲戒処分の対象となれば、裁判所は、自己の意向に沿わない裁判官の職権行使について、同人の私生活上の行為を裁判官としての職権行使と恣意的に結び付け、懲戒権の行使によって、裁判官の職権行使に事実上干渉することが可能になる。かかる状況は、裁判官の独立を定めた憲法76条3項に反する。

 本件決定は、岡口判事が私生活上の行為として行った本件ツイートの投稿を懲戒処分の対象としており、今後、同様の懲戒処分が一般化されれば、裁判官の独立に対する脅威となりかねないのである。

 したがって、本件決定は、憲法76条3項の点でも問題がある。なお、かつて、いわゆる「ブルーパージ」と呼ばれる思想良心に対する統制、すなわち、青年法律家協会所属の裁判官が再任拒否その他の不利益取扱いを受けるなどの裁判所による裁判官に対する統制が社会的問題として注目された時期があった。本件決定は、ブルーパージと同様の問題がいまもなお解決されていないことを示していると言える。

 第3に、本件申立てにおいては本件ツイートが当事者の感情を害したとの主張がされており、争点としても、本件ツイートが「品位を辱める行状」に当たるか否かとの整理しかされていなかったところ、それにもかからず、本件決定は戒告処分の理由として、本件ツイートが当事者の訴訟提起が不当であったとの評価を表したものであって、「裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせるもの」との認定をした。

  そのため、岡口判事は、本件ツイートをもって訴訟提起が不当であるとの評価を表したと評価できるか否か、本件ツイートが国民の信頼や裁判の公正を疑わせるか否かについては、一切、弁明の機会を与えられなかった。

 したがって、本件決定は、公務員に対する懲戒処分にも類推適用される憲法31条の適正手続きに関しても違反するものである。

 第4に、本件決定では、前に述べたとおり、本件ツイートについて、当事者が訴訟提起をしたことが不当であるとの認識を示したものと認定しているが、本件決定をどのように読めば、岡口判事が訴訟提起を不当であるとの認識を示したものと受け止めることができるのかが全く説明されていない。また、本件ツイートについて、他にどのような解釈の余地があるのかの検証も全くなされていない。それらに照らせば、本件決定は、一般国民をして、最高裁判所の事実認定の公正に疑いを抱かせるものである。

 すなわち、本件決定における前記事実認定こそが「裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせるもの」である。

 以上述べてきたとおり、本件決定は、理解不能な事実認定を前提としたうえで、憲法31条の適正手続きの要請に反し、岡口判事の表現の自由を不当に侵害するとともに、裁判官の独立をも脅かすものである。

  裁判官の権利が奪われ、また、裁判官に対する統制が強められることは、裁判官を国民の人権を擁護する存在から、国策追従の存在へと変容させるものであり、国民の人権に対する大きな脅威である。

  当部会は、本件決定に強く抗議をするとともに、人権擁護の最後の砦としての最高裁判所の役割を取り戻すことを強く求めるものである。
2018年12月1日
青年法律家協会弁護士学者合同部会
第 3 回 常 任 委 員 会
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