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緊急事態条項の創設を内容とする改憲を許さない決議 |
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1 安倍晋三政権は、2016年の年明けから明文改憲に強い意欲を示している。「憲法改正は参院選でしっかり訴えていく。国民的な議論を深めていきたい」(1月4日年頭会見)と述べたほか、「与党だけで3分の2というのは大変難しい。責任感の強い人たちと3分の2を構成していきたい」(1月10日NHK番組)と述べている。
さらに、同月15日の参院予算委員会では「緊急時に国民の安全を守るため、国家、国民がどのような役割を果たすか、それを憲法にどう位置づけるか、極めて重く大切な課題だ」と、改憲の具体的な突破口として「緊急事態条項」を持ち出している。
2 国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限であるところ、これを具体化したものが緊急事態条項である。2011年3月の東日本大震災や福島原発事故などを契機に、改憲派が議論を活発化させ、2015年11月のフランステロ事件で再び改憲の出発点に持ち出している。
安倍首相は現行憲法には緊急事態に対処するための条項が欠けており、国民保護のために十分な対処ができないと説明する。しかし、戦争や災害の場合に国内の安全を守り、国民の生命・自由・幸福追求の権利を保護する権限は、もともと内閣の行政権に含まれている(憲法13条、65条)。そして緊急事態対応に新たな法律が必要であるならば、内閣は国会を召集し(同53条)、法案を提出して(同72条)、国会の議決を得ればよいはずである。
緊急時に国会議員が欠けている場合への対処のために緊急事態条項を創設すべきとの意見も出されている。しかし、こうした場合に備えて、現行憲法は明文で、衆議院が解散中でも参議院の緊急集会が国会の権限を代行することができるとしている(同54条2項)。衆議院の任期満了中の場合についてもこれは類推適用される。また、衆参同日選挙時に緊急事態がおきた場合であっても参議院議員の半数は存するので定足数を充たし(同56条1項)、やはり緊急集会で対応できる。したがって、ことさら緊急事態条項を創設する必要はない。
3 そもそも緊急事態に備えてすでに詳細な法律が整備されている。大規模なテロや騒乱に対しては、刑法の傷害罪や殺人罪、騒擾罪、さらには警察法に基づき「緊急事態」の布告(警察法71条)を発して対応することができる。
そして、大災害に対しては、災害救助法や災害対策基本法があり、「生活必需物資の配給」「金銭債務の支払いの延期」などに関する政令制定権限までもが定められている(災害対策基本法109条)。
東日本大震災時への政府の対応が不十分であったのは緊急事態条項がなかったためではなく、現行の法律を十分に使いこなせなかったためであって、災害時に被害を最小限に抑えるためには、法整備やその周知、避難訓練、食糧備蓄、発電設備の充実、各自治体への災害対策用の予算・設備の援助などを含めた事前の準備こそが肝要であろう。岩手、宮城、福島、新潟、兵庫といった大震災を経験した自治体を含む17の弁護士会が緊急事態条項の新設に反対する声明を出していることに見られるとおり、被災地は緊急事態条項を求めてはいない。
4 安倍首相が言及している自民党「日本国憲法改正草案」(2012年4月)は、「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害」のみならず、「その他の法律で定める緊急事態」において、内閣総理大臣は緊急事態の宣言を発することができる(憲法改正草案99条1項)とし、法律と同じ効力を持つ政令の制定が可能となり(同99条1項)、国民には国や公共機関の指示に従う義務が生じる(同99条3項)。この政令は事後に国会の承認を得なければならないとされるが(同99条2項)、承認を得られない場合の失効の定めはない。また緊急事態宣言中は衆議院の解散は制限される(同99条4項)。
これは人権尊重と民主主義を基本原理とする憲法の効力を停止し、長期にわたり人権が抑圧されることを意味し、緊急事態宣言のもとでは独裁的な権力行使が行われる危険性が極めて高い。天皇制国家での「緊急勅令」や「戒厳」により国民の権利が抑圧され、侵略戦争に突き進んだ戦前の反省のもとに生まれた日本国憲法は、あえて緊急事態条項を設けなかったのである。
自民党は、憲法改正草案における「緊急事態」の例示の冒頭に「外部からの武力攻撃」を明記しているように、緊急事態条項の創設をめぐる議論は、「戦争する国」づくりの一環であることは明らかである。「大規模な自然災害」から国民を保護するためとの説明は、改憲のハードルを下げるための口実にすぎない。
5 青年法律家協会弁護士学者合同部会は、国民抑圧と戦争国家化に利用される緊急事態条項の危険性を広く国民に訴えていき、その創設を内容とする改憲に強く反対する。 |
2016年3月4日 |
青年法律家協会弁護士学者合同部会
第 4 回 拡 大 常 任 委 員 会 |
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