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「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に反対する決議 |
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1 現在、第189回通常国会において「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という)が審議されている。
2014年9月18日、法制審議会は、「新たな刑事司法制度の構築」に関する法改正要綱(以下「要綱」という)を全会一致で採択し、法務大臣に答申した。本法案は、上記要綱に基づいて2015年3月13日に閣議決定され、国会に上程された法律案である。
本法案においては、「刑事手続における証拠の収集方法の適正化及び多様化並びに公判審理の充実化を図るため」として、@取調べの録音・録画制度の創設、A捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度の創設、B犯罪被害者等及び証人を保護するための制度の創設、C通信傍受の対象事件の範囲の拡大・効率化、D被疑者国選弁護制度の対象事件の範囲の拡大等の措置が提案されている。
2 本法案の前提となった「要綱」は、厚生労働省郵便不正事件(いわゆる村木事件)などの冤罪事件や同事件にまつわる検察の不祥事を契機として、2011年6月に法務大臣が諮問した「時代に即した新たな刑事司法制度の構築」に関する「諮問第92号」に基づいて法制審議会が設置した「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という)による3年にわたる議論によるものであるが、こうした特別部会設置の経過からみて、特別部会では誤判や冤罪の防止、なかんずく違法・不当な取調べの防止など糾問的な取調べに依存した捜査・公判の在り方の改善をめぐる議論がなされることが国民的に期待されていた。
ところが、特別部会での議論は、こうした国民的期待に反し、法務・警察官僚とそれに同調する一部の刑事法研究者らの主導により捜査権限拡大、治安維持強化の方向に議論が進められ、2013年1月に「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(以下「基本構想」という)が公表され、その「基本構想」に示された理念と制度設計の枠組みに従い、2014年7月9日に最終的な取りまとめ案が承認され、これを受けて法制審総会において「要綱」が承認され、本法案が国会に上程されるに至ったものである。
3 そのため、本法案の内容は、以下のとおり極めて問題が多いものとなっている。
第一に、通信傍受法(盗聴法)の対象犯罪の拡大と、立会いの省略である。従前から盗聴による犯罪捜査は、その対象を特定することが困難であり、令状主義違反とプライバシー侵害という、憲法違反の性質を強く有するものであるが、対象となる犯罪の拡大と立会いの省略は、一層盗聴による捜査の濫用を招く危険を増大させることになる。
第二に、ビデオリンク方式による証人尋問の拡充や、犯罪被害者や証人の氏名・住所を弁護人に対しても開示しない制度の導入は、適切な反対尋問や反証の手段を妨げ、被疑者・被告人の適正手続保障の弱体化をもたらす。
第三に、司法取引と刑事免責の導入は、あらたな冤罪を惹起する重大な危険を持つ制度である。無実の「共犯者」を引き込む危険性に加えて、本法案のような「他人密告型」の制度においては、全く無関係の他人を冤罪に陥れる供述を誘引する危険があり、極めて問題が大きい。
4 他方で、冤罪防止の観点から注目されていた取調べの録音・録画制度は、憲法上極めて重要とされる黙秘権保障、取調受忍義務の問題を当初から議論の枠外に置いて議論が進められ、任意性の立証手段として制度設計された結果(そのため刑訴法の証拠調べに関する規定の中に置かれている)、ほとんど無意味か、さらにはかえって有害な運用の危険すら指摘されるものになっている。
第一に、対象事件が、殺人や傷害致死等の裁判員制度対象事件と検察独自捜査事件に限定されているという問題がある。しかし、自白の任意性が問われる事件が広範に存在することは当然であって、また冤罪による人権侵害は重罪の場合にとどまらないことも自明のことと言える。第二に、録音・録画の例外とされる事由が、捜査機関による恣意的運用を許す広範なものとなっている。ことに、捜査機関が「記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき」という判断によって記録の必要性が除外されていることは、そうした場合には記録の提出が不要とされるとともに、自白の任意性の判断が「録音・録画記録」の存在に形式的に代置されるような制度設計と相まって、かえって有害な運用をもたらしかねない。さらに、機器の故障や不足という場合にまで例外を許容する本法案は、捜査機関による安易で恣意的な運用をもたらす危険が極めて大きい。第三に、任意捜査における適用の除外は、被疑者が事実上「任意」の取り調べを拒否できない実情を無視したものである。
5 本法案は、こうした個々の制度の問題に加え、制度趣旨や目的の異なる制度が「一体として」提案され、一括法案とされているという問題がある。
一括法案として上程されている背景には、録音・録画制度の導入により取調べによる供述の獲得が困難になるため、新たな捜査手法の導入が必要であるという捜査側の認識があるようである。しかし、こうした議論に飛躍があることは明らかであるし、また趣旨、目的が異なるだけではなく、そもそも冤罪防止の観点から主張されている録音・録画制度の導入と冤罪を促進するおそれの強い司法取引や盗聴法の拡大という、まったく方向性の異なるものを「一体として」議論するということは、有り体に言えば、録音・録画制度の導入のためには司法取引や盗聴法の拡大には目を瞑れというに等しく、国会審議の形骸化をもたらす姑息な手段であり、到底容認できない。
6 以上のように、本法案が示している刑事司法制度は、本来の目標であったはずの誤判・冤罪防止から、捜査権限の拡大、治安維持の強化に大きく舵を切ったものであることは明白である。そこには、憲法が保障する適正手続保障の理念、黙秘権をはじめとする刑事手続上の人権保障の観点が欠如していると言わざるを得ない。
当部会は、このような基本的人権を侵害し憲法的価値の破壊をもたらす本法案には断固反対であり、ここに改めて反対の意思を表明し、本法案の成立を阻止するため、冤罪被害者等をはじめとする国民各層との共同行動などあらゆる運動を展開していくことを、ここに決議する。 |
2015年6月28日 |
青年法律家協会弁護士学者合同部会
第 4 6 回 定 時 総 会 |
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