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「事務当局試案」に基づく「新時代の刑事司法制度」の立法化に反対する意見書
2014年6月29日
青年法律家協会弁護士学者合同部会
第 45 回 定 時 総 会
はじめに

(1) 2011年6月に法制審議会に設置された「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下、特別部会という)は、2013年1月に「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(以下、「基本構想」という)を公表し、その後「基本構想」に示された理念と制度設計の枠組みに従い、特別部会の下に設置された法務・警察官僚を中心メンバーとする作業分科会における検討を経て2014年2月に「作業分科会における検討結果(制度設計に関するたたき台)」を公表し、次いで、4月30日(第26回会議)に「事務当局試案」を公表した。その後、特別部会は、6月23日(第28回)に「事務当局試案」に若干の修正を加えた「改訂版」を公表した。法務省は、6月30日(第29回)の特別部会に最終的な取りまとめ案を提示する方針という。

(2) 当部会は、2014年2月に、「『基本構想』に基づく『新時代の刑事司法制度』の立法化に反対する意見書」を公表したが、「事務当局試案」及びその「改訂版」に基づく最終的な取りまとめを目前にして、あらためて、「事務当局試案」に基づく「新時代の刑事司法制度」の立法化に反対するとともに、法制審議会に対し、袴田事件再審開始決定の教訓を深く受けとめ、誤判と冤罪を防止する観点から、議論を一からやり直すことを強く求める。

第1 冤罪被害当事者に背を向けた特別部会の審議と取りまとめ

1 官僚主導の審議と取りまとめ
 特別部会は、いわゆる厚労省元局長事件(村木事件)における担当検事による証拠改ざん事件をはじめとする一連の検察不祥事等を契機に法務省に設置された「検察の在り方検討会議」の提言「検察の再生に向けて」(2011年3月)を受けて設置されたという経過があり、こうした経過からみて、特別部会では誤判や冤罪の防止、なかんずく違法・不当な取調べの防止など糾問的な取調べに依存した捜査・公判の在り方の改善をめぐる議論がなされることが国民的に期待されていた。

 しかるに、特別部会では、こうした国民的期待に反して、法務・警察官僚及び井上正仁氏ら一部の刑事法研究者が中心となり、誤判や冤罪の防止という観点の欠落した制度改革、すなわち、可視化の骨抜きと捜査権限の拡大、強化に向けた取りまとめが進められた。

2 「基本構想」に基づく立法化に反対する意見書の公表
 こうした特別部会の議論に対し、当部会は、2014年2月15日の常任委員会において、被告人の防御権、弁護権の保障、適正手続の保障といった誤判や冤罪を防止する観点から、「基本構想」を批判的に検討した「『基本構想』に基づく『新時代の刑事司法制度』の立法化に反対する意見書」を採択し、公表した。

 当部会は、この意見書において、(1)「基本構想」の立脚する理念として、@捜査と訴追の合理化(並びにそのための「取引」の活用)、A取調べ中心主義の堅持、(2)議論の在り方の問題として、@憲法論、原理原則論の欠如、A「はじめに結論ありき」の議論、B「一体的提案」の不合理さを指摘するとともに、(3)提案されている具体的方策のうち、@取調べの録音・録画制度、A通信傍受の拡大と会話傍受の導入、B被告人の証人化について、問題点を指摘した。

3 袴田事件再審開始決定の教訓
 ところで、2014年3月27日、静岡地裁は袴田巖氏に対し、再審を開始し、死刑並びに拘置の執行を停止する決定をし、袴田氏は48年ぶりに釈放された(検察官による即時抗告中)。静岡地裁決定は、弁護団の提出した新証拠を丁寧に評価した上、決定的証拠とされた「5点の衣類」が捜査機関によってねつ造された可能性を示唆し、確定判決の事実認定には合理的な疑いが生じたとして再審開始を認めた。袴田事件は、自白偏重の捜査、捜査機関による証拠のねつ造、証拠開示制度の不備などの問題を含む刑事司法制度の根本問題に対しても鋭い警鐘をならすものであった。

4 冤罪被害当事者らによる要請行動 
 この静岡地裁決定を受け、同年4月22日、「なくせ冤罪!市民評議会」を中心に、袴田ひで子氏(袴田事件)、櫻井昌司氏(布川事件)、菅谷利和氏(足利事件)、柳原浩氏(氷見事件)ら冤罪被害当事者、支援者・団体、そして当部会を含む法律家三団体により、特別部会に対する三回目の共同要請行動(ただし、法律家三団体は今回初めて参加)が行われた。

 この要請では、@過去2回の特別部会に対する要請では冤罪を生まない「刑事司法制度」を目指すものとして期待を寄せてきたが、3年近くに及ぶ議論が取りまとめ段階に入ろうとしている今、大きな疑念を感じていること、Aその疑念は、第一に、取調べの可視化、全面証拠開示など、冤罪を防ぐために必至の改革が、すべて骨抜きにされようとしていること、第二に、当初の目的とは逆に、捜査機関の利便と権力の強化にのみ資する制度(刑事免責・減免、盗聴法の適用範囲拡大や会話傍受、被告人の証人化等)が紛れ込んできたこと、Bそして、最後に、袴田再審決定の意味を問い返し、本来の目的に立ち戻ること、そのためにも冤罪被害者らの声を直接聞くことをあらためて強く求めたのである。

5 冤罪被害当事者らの声に耳を貸さず
 しかし、同年4月30日開催の特別部会(第26回)に示された「事務当局試案」には、袴田事件再審開始決定の教訓を生かす記述は全く見られなかった。特別部会は、「冤罪被害者の声を直接聴取せよ」という冤罪被害当事者の度重なる要望には全く耳を貸すことなく、冤罪被害者に背を向け続けたまま、最終取りまとめを行おうとしているのである。

第2 「事務当局試案」の前提とする理念の問題性

 2014年4月30日に公表された「事務当局試案」は、「基本構想」において示された基本的な理念と制度設計の枠組みに従って策定されている。「事務当局試案」の個別論点の問題性の指摘に先立って、そこに示された理念の問題性をあらためて指摘する。

1 捜査と訴追の合理化、円滑化の追求並びにそのための「取引」の活用
 第一に指摘したのは、捜査と訴追の合理化、円滑化の追求であり、そして、そのために被疑者や参考人から供述を得るための各種「取引」の活用が取調べの中心に位置づけられていることである。

 すなわち、@「取引」については、刑の減免制度と捜査・公判協力型協議・合意制度がその典型であるが、刑事免責制度も取引に活用できるものであること、A自白事件を簡易迅速に処理する手続のうちの実刑相当事案の簡易迅速処理の制度も取引のための制度として機能すること、B取引を行った者の保護として、他施設でのビデオリンク方式の証人尋問、氏名・住居の開示制限、安全の保護等の制度の整備を求めていること、C取引を行った者の供述やその者自身の秘密性の保持のために、取調べの録音・録画に例外を設けたり、証拠の全面開示や証拠の一覧表の開示を制限する必要性が生じること、Dこのように各具体的方策は、相互に密接に関連し、司法取引を含む「取引」の活用による取調べの拡大が図られている。

2 取調べ中心主義の堅持
 第二に指摘したのは、取調べ中心主義の堅持である。これまで通りの糾問的な取調べを捜査の中心において、各種の「取引」や盗聴をも含むあらゆる手段を駆使して被疑者や参考人から供述を得るという取調べ中心主義を堅持していることである。

 「基本構想」は、「検察の再生に向けて」において指摘された一連の検察不祥事等の原因を取調べや供述調書への「過度の」依存の問題と矮小化したうえで、「過度の」依存からの脱却を課題とし、わが国の捜査における取調べの役割、機能を再確認し、これまでの捜査実務である「取調べ中心主義」を「再評価」した。

 そのため、取調受忍義務は当然の前提とされ、また、弁護人の取調べ立会権については、「何よりも、取調べという供述収集手法の在り方を根本的に変質させて、その機能を大幅に減退させることとなるおそれが大きい」、「取調べの機能や取調べ以外の証拠収集手段の在り方等の相違を無視して諸外国と比較するのは相当でない」として、これを否定したのである。

3 取調べ中心主義と捜査権限の拡大、強化
 以上述べたように、「基本構想」は、従来からの糾問的な取調べに基づく取調べ中心主義を堅持し、取調べを有効に行うための手段として捜査権限の拡大、強化を追求する。ここには、誤判や冤罪の温床である密室における取調べに対する反省や取調べの適正化といった配慮は全く見られないのである。そして、こうした「基本構想」のもつ基本的な理念は、「事務当局試案」にも当然のことながら承継されているのである。

第3 「事務当局試案」の個別論点の問題性

 「事務当局試案」において提案された個別論点のうち、特に問題の大きい、「取調べの録音、録画制度」、「通信傍受の拡大」、「司法取引」、「被告人の虚偽供述の禁止」について意見を述べる。

1 取調べの録音、録画制度について

(1)「事務当局試案」に示された制度構想
 「事務当局試案」は、取調べの録音・録画制度について、自白調書の任意性の立証という観点を中心に据えて制度設計している。その構成は以下のとおりである。
@ 一定の事件(対象事件という。A案とB案がある)について、検察官に、身体拘束中の被告人の自白調書の任意性を立証するために、当該調書が作成された取調べ等の開始から終了に至るまでの間における供述及び供述状況を記録した記録媒体の取調べの請求義務を課す(1項)。
 この取調べ請求義務を課された記録媒体は、「当該書面が作成された取調べの開始から終了に至るまでの間」のもので足りる。
 対象事件については、裁判員制度対象事件に限定する案(A案)と、それに加え裁判員制度対象事件以外の全身柄拘束事件における検察官の取調べも対象に含める案(B案)を提示する。なお、「改訂版」では、対象事件は、裁判員制度対象事件と検察の独自捜査事件とされた。

A @の場合において、検察官が記録媒体の取調べを請求しないときは、裁判所は決定で当該調書の取調べ請求を却下しなければならない(2項)。

B 捜査機関において、対象事件について、後述の「(@)乃至(C)までのいずれかに該当することにより記録しなかったこと」や「その他やむを得ない事情により、記録媒体が存在しないとき」は、@及びAは適用しない(3項)。すなわち、任意性立証のための記録媒体の取調請求義務自体が免除されることになり、従って、旧来の任意性立証によることになると考えられる。

C 捜査機関に対し、対象事件について、(@)乃至(C)に該当する場合を除き、被疑者の供述及び供述状況を記録媒体に記録する義務を課した(5項)。
   (@)  記録に必要な機器の故障その他のやむを得ない事情のあるとき。
   (A)  被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。
   (B) 犯罪の性質、関係者の言動、被疑者がその構成員である団体の性格その他の事情に照らし、被疑者の供述及びその状況が明らかにされた場合には被疑者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあることにより、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。
   (C)  当該事件がいわゆる指定暴力団の構成員による犯罪に係るものであると認めるとき。

D このように、広範な除外事由があって捜査機関の裁量が広く、他方で除外事由に該当しないにもかかわらず録音・録画しなかった場合の効果についての規定はない。

(2)「基本構想」の意図する任意性立証
以上から明らかなように、「事務当局試案」による構想は、供述の任意性を確保し取調べの適正化や事後検証手段を実現するといった適正手続保障の観点からの取調べ「可視化」制度として制度設計されているものではない。逆に、捜査機関のための任意性立証の制度として構想されており、そのため、対象事件(A案、B案のいずれにせよ)の全過程の録音、録画が必要とされず、当該調書の作成過程という限定された部分の録音・録画で足りるとする。更に、記録媒体の取調べ請求義務を免除する適用除外事由が広範に定められ、事実上、捜査機関の裁量に委ねるものとなっている。
 そして、このことは「基本構想」の意図するところである。すなわち、「基本構想」は、供述調書等を通じた立証の場合であっても、「供述の任意性・信用性に争いが生じた場合には、できる限り客観的な方法により的確に取調べ状況に係る事実認定がなされ、もって公判廷に顕出される捜査段階での供述が、適正な取調べを通じて収集された任意性・信用性のあるものであることが明らかになるような制度でなければならない。」とし、また、例外場面が広範である点については、「取調べや捜査の機能に深刻な支障が生ずる事態を避けるという観点から録音・録画の対象外とすべき場面が適切に除外される制度とする必要がある」としていたからである。

(3)記録媒体の存否に影響されない任意性の判断
 以上に加え1項、3項、5項の重層構造により、捜査機関にとって、任意性の立証が極めて容易なシステムとなっている。
 すなわち、最小限度の記録媒体が存在すれば、特別の事情のない限り1項によって自白が任意になされたと判断され、他方、記録媒体が存在しなくとも、3項(5項)により、不存在ということ自体によって、自白が任意になされたと判断されうる構造になっている。つまり、記録媒体があってもなくても、任意性が「立証された」と容易に判断される構造になっているのである。そして、それは、「記録したならば十分な供述をすることができない」と認められた場合には記録しなくてもよいという制度は、記録をしなくてもよかった場合である以上「記録しなかったことによって十分な供述がなされた」という評価を導くことが想定されているからである。
 以上のように考えると、「事務当局試案」の「録音・録画制度」は、「不十分な」制度というより、本来あるべき可視化制度に逆行した「有害」なものですらある。

(4)全面的可視化制度の必要性

 取調べの録音・録画の目的は、あくまでも取調べの適正化と事後検証の確保であり、任意性の立証に利用することがあったとしても、そのための制度ではない。従って、一切の例外は設けてはならないのである。適正手続保障を優先すれば、捜査機関側が主張するような録音・録画されることによって供述が取れない場面があってもやむを得ないと割り切るべきである。対象事件を裁判員制度対象事件に限定したり、警察段階の取調べを除外するなどの議論は論外と言わねばならない。
 また、志布志事件で明らかにされたように、虚偽の供述が作出されるのは身体拘束中に限るものではなく、参考人の取調べにおいても、実は、はるかにその危険性が大きいのである。このような観点からすれば、参考人の取調べは当然に録音・録画の対象とされるべきである。
 誤判・冤罪防止のためには全事件、全過程の可視化こそ求められているのである。

2、通信傍受の拡大について

 当部会は、先の意見書において、憲法上の疑義、捜査概念の逸脱、立法事実の欠落を理由に、通信傍受法の対象犯罪の拡大や傍受手段の簡略化には到底賛成できないことを表明した。しかるに、「事務当局試案」は通信傍受(盗聴)の際限なき拡大が図られており、到底許容することができない。
 
(1) 通信傍受法には、かねてから違憲の疑いがあるとして強い反対があり、国民の強い反対の声の中、国会による修正があった上で、野党及び国民の強い抵抗を受けてかろうじて成立したという経緯がある。とするならば、通信傍受という手法については、現行法における規制ですら不十分であるのだから、その実施についてはきわめて謙抑的である必要があるといわねばならない。ところが、「基本構想」は、通信傍受の運用が低調であり、より効果的に活用する必要がある旨、積極的評価を行っており、その姿勢にはきわめて問題があると言わなければならない。
 また、通信傍受によって得られた傍受記録が公判に証拠として用いられることが少ないことが指摘されているが、特別部会における検察庁出身幹事の発言によれば、取り調べの際に傍受結果を対象者に示して自白を獲得することがなされていると示唆されている。このような用いられ方がされる危険性のある通信傍受の対象拡大は、取調べ中心主義に固執するものであり、許されないと言わねばならない。
 さらに、立会人の立会を緩和する提言をしているが、立会人の存在は憲法の通信の秘密保障の要請によるものであり、これをないがしろにするかのような変更は許されないと言わねばならない。

(2) 現行の通信傍受法は、通信傍受の対象を、薬物犯罪、銃器犯罪、集団密航、組織的殺人の4類型に限定している。そして、組織的殺人を定める組織犯罪処罰法(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律)によると、同法の「団体」とは、「共同の目的を有する多数人の継続的結合体」であって、「指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体」という「組織」により「反復して行われるもの」と限定され(2条1項)、さらに、組織的殺人とは、その「団体の活動(団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものをいう)」として「当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われたとき」(3条1項)などと、この組織的殺人に何重もの「組織犯罪」の限定がなされている。
 ところが、「事務当局試案」では、対象が傷害、詐欺、恐喝等まで大幅に広げられ、しかもそこでは、「組織犯罪」の枠組みすら取り払われている。すなわち、「事務当局試案」は、新たに追加する犯罪については、傍受要件として、「当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われたと疑うに足りる状況があるときに限る」との要件を追加しているが、これは、「数人の共謀」の要件に加えて、「役割の分担」、「人の結合体」という要件が追加されているだけであり、組織的犯罪処罰法の組織性、団体性の限定と比べると極めて不十分であり、何も限定していないに等しいのである。つまり、単なる複数犯の規定にすぎないのであり、複数犯なら、組織犯罪でなくても、数人で(2人でも)恐喝、詐欺といわれる恐れのあるようなことをしたとされれば、電話もメールも盗聴できる規定となっているのである。

(3) 通信傍受法の対象犯罪拡大の立法事実が、暴力団対策、振込め詐欺対策等と説明されながら、組織犯罪のしばりが全くなく、あまりにも無限定であるため、市民団体や労働組合、市民生活への影響は測り知れない。これは盗聴の際限なき拡大をもたらすものといわざるを得ない。
 ことに秘密保護法や政府が再び国会への上程を図ろうとしている共謀罪との関係を考えると、ことは更に深刻である。秘密保護法が国民の強い反対を押し切る形で成立したが、同法が施行されれば、同法違反の罪が通信傍受法の対象犯罪となることは明らかであり、この意味で治安立法としての側面をもち、前述した市民生活への影響は図り知れないものがある。

3 司法取引

(1) 「基本構想」が、捜査と訴追の合理化、円滑化を追求し、そのために司法取引を含む「取引」の活用を図ろうとしていることは前述したところである。
 ここでは、司法取引に限定して述べると、司法取引制度は、虚偽供述を誘発するおそれがあり、引っ張り込みの危険を内在する制度というべく、刑事訴訟法の枠組みを根底から変容させ、適正手続保障を踏みにじる危険があり、取り入れることは出来ない。
 例えば、捜査・公判協力型協議・合意制度は、他人の犯罪について供述等をした者に恩典を与えようとするものであるため、引き込みの危険がともなう。当該被害者の弁護人が協議・合意に関与する制度を設けても、その弁護人は当該被害者の弁護人であって、引き込まれる被害者の弁護人ではないため、被害者の権利保障にはつながらないのである。

(2) 特別部会においては、法務・警察官僚の委員を中心に、欧米で導入されていることが強調されている。しかし、わが国の刑事司法手続、ことに捜査段階の手続は欧米とは大きく異なっている。弁護人の立会権のない中で代用監獄における長期間の勾留の下に、旧態依然とした糾問的取調べが行われているのである。しかも、全面的可視化すら制度化されていない(「事務当局試案」の「取調べの録音・録画制度」は、捜査機関のための任意性立証のための制度と構想されていることは前述したとおりである)。こうした取調べの適正が全く確保されず糾問的取調べが横行するという日本独自の刑事司法制度の下で司法取引の導入をすることは、到底許容することができない。

4 被告人の虚偽供述等の禁止

 「基本構想」で提起され、「たたき台」で具体的に提案された「被告人の証人化」であるが、「事務当局試案」では、これが「被告人の虚偽供述等の禁止」に修正され、一見改善されたかの印象を与えている。しかし、現実的な機能を考えた場合には、以下に述べるように「被告人の証人化」と同様の問題を含んでいる。

(1) 黙秘権侵害の側面から
 虚偽供述禁止規定が存在すると、被告人質問に応じない(あるいは個々の質問に黙秘する)という対応をすると、裁判員や裁判官は、「黙秘するのは、供述すると虚偽供述禁止規定に違反するからだ」→「犯行を否認する供述が虚偽だからだ」→「被告人が犯人だ」という事実上の推認を強く働かせてしまうおそれが強い。
 そして、この推認を阻止するためには、否応なく、被告人が、被告人質間に応ぜざるを得ない状況に追い込まれ、黙秘権行使について自由な選択ができなくなるおそれがある。
 このことは、不利益推認禁止規定を設けても大差はない。なぜなら、裁判官、裁判員が不利益推認をしてしまうのは、事実上のレベルであって、規範レベルの問題ではないため、いったんそのような事実上の不利益推認を裁判員、裁判官が頭の中で抱いてしまった以上、規範レベルで不利益推認禁止のルール化をしても、すでに抱いてしまった感情あるいは認識を記憶から消し去ることは不可能だからである。

(2)防御権侵害の側面から
 他方で、被告人質問に応じて積極的な反論、抗弁を望む被告人に対する萎縮効果という問題がある。
 現行規定では、被告人質問での応答に特段の制約はなく、仮に、そこで応答した事実が裁判員や裁判官に受け入れられなくても、それは自由心証の問題にすぎず、被告人が主張する事実と異なる事実が認定され、その異なる事実に基づいて、有罪の認定がなされ、量刑がなされるというにすぎない。
 しかし、虚偽供述禁止規定があると、被告人は、自らの信じる事実が裁判員、裁判官に受け入れられなかった場合に、「禁止規定に反して」虚偽供述をしたと評価されることになる。つまり、虚偽供述をしてはいけないという禁止規範があるにもかかわらずあえて虚偽供述をした、という評価を受けることにならざるを得ない。
 そのため、被告人質問に応じて事実主張をした場合に、その主張が裁判員、裁判官に受け入れられず虚偽供述だと認定されたときのリスクにおびえて、被告人質問に応じることができなくなってしまいかねないのであり、これは、防御権の侵害と言わざるを得ない。
 被告人質問に応じないと犯人だから応じられないのだと受け取られ、他方、これに応じても、裁判員、裁判官が自分の主張する事実と異なる心証形成をして、虚偽の応答であると決めつけられる不安におびえる、という進退窮まる状況に追い込まれるおそれがある。このリスクは、偽証罪で処罰される場合に比ベて、制裁なしの虚偽供述禁止規定の場合の方が多少緩和されるとしても、それは単にリスクの量が多少少なくなるというにすぎず、リスクの質自体は、偽証罪での処罰の場合と変わらないと言える。
 以上より、虚偽供述処罰規定は、当初の「被告人の証人化」と同じ間題を含むものであり、到底賛成することはできない。

おわりに

 以上の次第であり、当部会はあらためて、「事務当局試案」に基づく「新時代の刑事司法制度」の立法化に反対するとともに、法制審議会に対し、袴田事件再審開始決定を深刻に受け止め、誤判と冤罪防止の観点から、一から議論をやり直すことを強く求めるものである。

以上
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