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「基本構想」に基づく「新時代の刑事司法制度」の立法化に反対する意見書
はじめに

 法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下、特別部会という)は、2013年1月に「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(以下、「基本構想」という)を公表し、その後「基本構想」において提案された具体的方策9項目について、特別部会の下に法務・検察と警察の官僚を中心メンバーとして設置された2つの作業分科会における検討を経て同年6月14日の特別部会(第20回会議)に「作業分科会における検討(1)」が公表された。そして、再び作業分科会において検討され、同年11月7日の特別部会(第21回会議)に「作業分科会における検討(2)」が公表され、同日及び11月13日の特別部会(第22回会議)の審議を経て、再び作業分科会における検討が行われ、2014年2月14日に開催予定とされている特別部会(第23回会議)に「作業分科会における検討(3)」が公表されると思われる。

 特別部会は、いわゆる厚労省元局長事件(村木事件)における担当検事による証拠改ざん事件をはじめとする一連の検察不祥事等を契機に法務省に設置された「検察の在り方検討会議」の提言「検察の再生に向けて」(2001年3月)を受けて設置されたという経過があり、こうした経過からみて、特別部会では誤判やえん罪の防止、なかんずく違法・不当な取調べの防止など糾問的な取調べに依存した捜査・公判の在り方の改善をめぐる議論がなされることが国民的に期待されていた。

 しかるに、特別部会では法務・検察、警察の官僚及び一部の刑事法研究者が中心となって、こうした国民的期待に反した改革、すなわち捜査機関の権限の拡大、強化に向けた「改革」の論議がすすめられている。マスコミ報道等において、「焼け太り」等と酷評される所以である。

 本意見書は、被告人の防御権、弁護権の保障、適正手続の保障といった誤判やえん罪を防止する観点から、特別部会の議論内容を批判的に検討するものである。


第1 「基本構想」の立脚する基本的な理念、方向性について(総論)

 「基本構想」は、「取調べ及び供述調書への過度の依存からの脱却」が課題であるとしたうえで、そのための「証拠収集手段の適正化・多様化」と「公判審理の更なる充実化」をうたい文句に、以下の9つの具体的方策を提案した。

 (1) 取調べの録音・録画制度
 (2) 刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度
 (3) 通信・会話傍受等
 (4) 被疑者・被告人の身柄拘束の在り方
 (5) 弁護人による援助の充実化
 (6) 証拠開示制度
 (7) 犯罪被害者等及び証人を支援・保護するための方策の拡充
 (8) 公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等(司法の機能を妨害する行為への対処)
 (9) 自白事件を簡易迅速に処理するための手続の在り方

 本意見書では、具体的方策の内容の検討に先立って、はじめに、「基本構想」の立脚する基本的な理念、方向性とその問題性について指摘する。

1 捜査と訴追の合理化、円滑化の追求

 「基本構想」の立脚する基本的な理念、方向性について、まず指摘すべきは捜査と訴追の合理化、円滑化の追求である。そして、その中心に位置づけられているのが、取調べにおいて被疑者や参考人から供述を得るための司法取引を含む「取引」の活用である。

 この点に関して、「『新時代の刑事司法制度』に対する刑事法学者の意見」(2013年9月10日)は次のように指摘する。

 「捜査や訴追の合理化・円滑化という観点から、『基本構想』の各検討項目をみてみると、そこで鍵になっているのは、『盗聴』と『取引』だと思われる。
  『取引』については、刑の減免制度と捜査・公判協力型協議・合意がその典型であるが、『基本構想』で一緒に論じられている刑事免責制度も取引に活用できるものである。のみならず、自白事件を簡易迅速に処理する手続のうちの実刑相当事案の簡易迅速処理の制度も、取引のための制度として機能する。
  そして、取引を行うとなれば、これをおこなった者の保護が問題となり、他施設でのビデオリンク方式の証人尋問、氏名・住居の開示制限、安全の保護といった制度の整備が求められる。それとともに、取引をおこなった者の供述やその者自身の秘密性が保たれるようにするためには、取調べの録音・録画にはそのための例外を設ける必要や、証拠の全面開示や証拠の一覧表の開示を阻止する必要が出てくる。
  このようにみてくると、『基本構想』の諸項目は、ばらばらなようでいて、実は相互に密接に関連している。」

 以上の指摘にも明らかなとおり、「基本構想」では、司法取引を含む「取引」の活用による取調べの拡大が図られている。    

2 取調べ中心主義の堅持

 「基本構想」の立脚する理念、方向性として、次に指摘すべきは、取調べ中心主義の堅持である。すなわち、糾問的な取調べに依拠した捜査の改革という国民的期待に背を向けて、これまで通り取調べを捜査の中心において、盗聴や「取引」も含むあらゆる手段を駆使して被疑者や参考人から供述を得るという取調べ中心主義の堅持が基本的な理念、方向性となっているのである。

 (1)取調べ中心主義とは
 「基本構想」は、「検察の在り方検討会議提言」において指摘されている一連の検察不祥事等の原因を取調べや供述調書への「過度の」依存の問題と矮小化したうえで「過度の」依存からの脱却が課題とし、取調べを捜査の中心においてきたこれまでの捜査実務である「取調べ中心主義」を堅持しているところに大きな特徴がある。「基本構想」の「第2 時代に即した新たな刑事司法制度を構築するに当たっての検討指針」では、取調べについて次のように述べている。

 @ 取調べの機能については、「他に有力な証拠収集手段が限られている中で、取調べは、……本人の口から機動的かつ柔軟に供述を得ることができる手法として、事案解明を目指す捜査において中心的な機能を果たしてきた」とし、また、供述調書の機能については、供述調書は、争いのない事件では、「分かりやすく」「供述内容を立証する手段として機能する」とともに、「公判廷で供述人が捜査段階の供述を翻した場合等においては」、「しばしば、公判廷での供述より信用すべきものと認められてきた」とする。

 A 他方で、誤判やえん罪の原因としての不適正な取調べの問題については、「ひずみの発生」と矮小化する。すなわち、「取調べによる徹底的な事案の解明と綿密な証拠収集及び立証を追求する姿勢」は、「国民に支持され、その信頼を得るとともに、我が国の良好な治安を保つことに大きく貢献してきた」が、以下のように、「それに伴うひずみもまた明らかになってきた」として、

  (@) 取調べ及び供述調書への過度の依存は、「刑事裁判の帰すうが事実上捜査段階で決着する事態となっているとも指摘される。」
  (A)「取調べ及び供述調書に余りにも多くを依存してきた結果、取調官が無理な取調べをし、それにより得られた虚偽の自白調書が誤判の原因となったと指摘される事態が見られる。」
  (B) 捜査段階において真相解明という目的が絶対視されるあまり、手続の適性確保がおろそかにされ又は不十分となって、無理な取調べを許す構造となってしまっていないかとの指摘もなされている。
   等と述べて、取調べや供述調書への「過度」の依存が問題であると矮小化するのである。

 このように、「基本構想」は、取調べの在り方に対する社会的非難に対し、一連の不祥事を取調べや供述調書への「過度」の依存の問題であるから、「過度」の依存からの脱却が課題であるとして問題を矮小化した。そして、わが国の捜査における取調べの役割、機能を再確認し、取調べを捜査の中心におく取調べ中心主義を再評価したのである。

 (2)取調受忍義務は当然の前提とされていること
 取調べの適正を確保するために如何なる規制をすべきかなど取調べの在り方を議論するのであれば、まず、取調受忍義務の存否から検討すべきである。しかるに、「基本構想」は取調受忍義務を当然の前提としている。特別部会では井上正仁委員より、「取調べ受忍義務があるかどうかといった神々の争いとも言うべき議論を正面からしなければならない話になってくるので、そういうところまで踏み込んで議論するつもりですか」との発言がなされるなど、その存否をめぐる議論自体が封じられ、取調べ受忍義務があることを前提とした議論がなされているが、極めて不当である。

(3)弁護人の取調べ立会権が否定されていること
 「基本構想」は、このような取調べ中心主義から、弁護人の取調べ立会権を否定した。すなわち、「何よりも、取調べという供述収集手法の在り方を根本的に変質させて、その機能を大幅に減退させることとなるおそれが大きい、取調べの機能や取調べ以外の証拠収集手段の在り方等の相違を無視して諸外国と比較するのは相当でない。」とするのである。

 このように、ここでも「基本構想」は、従来の取調べに依存した捜査・公判のあり方からの脱却という方向性を欠いているのである。


第2 「基本構想」の提案する具体的方策の問題性(各論)

 「基本構想」は、前述したように9項の具体的方策を提案したが、ここでは、このうち特に問題の大きいと思われる、「取調べの録音、録画制度」、「通信傍受の拡大と会話傍受の導入」、「被告人の証人化」について意見を述べるとともに、一見すると被疑者・被告人の人権保障に資するかの如く見えながら、実は大きな問題をかかえている「勾留と在宅の間の中間的処分」について意見を述べる。

1 取調べの録音、録画制度について

 (1)「特別部会」の構想する2つの制度案
 「基本構想」は、「取調べの録音・録画制度」の導入について、(ア)一定の例外事由を定めつつ、原則として、被疑者取調べの全過程について録音・録画を義務付ける(対象事件については、裁判員制度対象事件を念頭に置く)(A案という)、(イ)録音・録画の対象とする範囲は、取調官の一定の裁量に委ねるものとする(B案という)、という2つの制度案を示したうえで、「2つの制度案を念頭に置きつつ、録音・録画の対象外とすべき場面を適切に対象外とできる制度となり得るかを中心として更に具体的な検討を行い、その結果も踏まえて、あるべき制度の基本的な枠組みについての議論を進めることとする。」とした。

 A案については、「作業分科会における検討(1)」において、@対象事件が裁判員制度対象事件に限定、A対象者から参考人は除外されて「逮捕、勾留されている被疑者」に限定、B「一定の例外事由」については、機器の故障や通訳人が記録を拒んだことなどやむを得ない事情により記録をすることが困難であるとき、及び記録をしたならば弊害が生じるおそれがあると認められるときとした。次いで「作業分科会における検討(2)」においても、この枠組みは踏襲されている。

 一方、B案については、「作業分科会における検討(1)」において「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者取調べの一定部分について、録音・録画を実施しなければならないものとした上で、それ以外の部分については、裁量により、録音・録画を実施することができるものとする。」とし、次いで「作業分科会における検討(2)」においては、録音・録画の「制度化」の対象事件を裁判員制度対象事件の身柄事件と限定したうえで、@録音・録画が義務付けられる取調べの場面について、弁解録取の場面と読み聞かせと署名捺印の場面としつつ被疑者による記録の拒絶、機器の故障、通訳人による記録の拒絶、その他やむを得ない事情により、記録の困難な場合には適用対象外とした。次いで、義務付け対象外の取調べの場面については「被疑者の供述が任意にされたものであることを明らかにするため」記録することを努力目標(裁量)とした。ここでは裁判員制度対象事件ではない事件や身柄拘束されていない参考人等の取調べは「制度」化の対象外(埒外)とされている。

 (2)
  A案とB案で、一見大きな違いがあるようだが、実は大きな差異はない。すなわち、A案とB案の共通要件は以下のとおりである。@対象事件は裁判員制度対象事件に限定、A対象者から参考人は除外され、逮捕、勾留されている被疑者に限定、B録画しなくてもよい適用対象外事情として、機器の故障、被疑者の記録の拒絶、通訳人の記録の拒絶、その他やむを得ない事情が存在する場合(A案とB案で若干の表現は異なるが実質的な違いは乏しい)とする。

 他方、異なるところは以下のとおりである。すなわち、A案は、裁判員制度対象事件については、一定の例外事由を除き、弁解録取場面以外の取調べも含め全過程の録音、録画を義務付ける。他方B案は、弁解録取場面以外の取調べ状況の録音、録画は義務付けずに取調官の裁量に委ねる。

 しかし、このような制度案は、A案にしろB案にしろ、対象事件が裁判員制度対象事件(全事件のうち僅か3%未満にすぎない)に限定され、かつ対象者から参考人が除外され(志布志事件では参考人としての連日の取調べにより供述が強要され虚偽の自白調書が作成されている)、A案においても適用対象外事情として取調官の裁量に委ねることになる事情が広く認められており、実質的な差異はほとんどなくなっているのである。これは、「基本構想」による録音・録画の制度化の趣旨が任意性・信用性の立証におかれているからである。

 この点に関連して、「基本構想」は、供述調書等を通じた立証の場合であっても、「供述の任意性・信用性に争いが生じた場合には、できる限り客観的な方法により的確に取調べ状況に係る事実認定がなされ、もって公判廷に顕出される捜査段階での供述が、適正な取調べを通じて収集された任意性・信用性のあるものであることが明らかになるような制度でなければならない。」としている。

 これは、「基本構想」が取調べ中心主義に立脚し、「制度化」の趣旨を任意性・信用性の立証においている証左である。

 (3)
  このように「基本構想」は、取調べ中心主義に立脚しているために、適用を除外される場面について、「取調べや捜査の機能に深刻な支障が生ずる事態を避けるという観点から録音・録画の対象外とすべき場面が適切に除外される制度とする必要がある」ことになるのである。

 しかしこれは、捜査機関のための録音・録画の制度化をめざす見解であって、取調べの適正化や事後検証の確保といった適正手続保障を考慮しない見解である。そもそも、取調べの録音・録画の目的は、あくまでも取調べの適正化と事後検証の確保であり、任意性の立証に利用することがあったとしても、そのための制度ではない。従って、一切の例外は設けてはならないのである。適正手続保障を優先すれば、捜査機関側が主張するような録音・録画されることによって供述が取れない場面があってもやむを得ないと割り切るべきなのである。特別部会の議論は、「取調べに依存した捜査」を温存しようとするものである。

 また、志布志事件で明らかにされたように、虚偽の供述が作出されるのは身柄拘束中に限るものではなく、参考人の取調べにおいても、実は、はるかにその危険性が大きいと言うべきである。このような観点からすれば、参考人の取調べは当然に録音・録画の対象とされるべきである。

2 通信傍受の拡大と会話傍受の導入について

 「基本構想」は、1999年(平成11年)に多くの国民的批判を受けながら成立した通信傍受法について、「通信傍受の合理化・効率化」として、@通信傍受の対象犯罪の拡大、A立会等の手続の合理化、Bスポット傍受の導入を内容とする通信傍受法の改正を提案するとともに、会話傍受の導入を提案した。

 通信傍受の対象犯罪の拡大に関しては、「作業分科会における検討(1)」では、通信傍受法の対象犯罪として新たに加えるべきものとして、@窃盗、強盗、詐欺、恐喝、A殺人、B逮捕・監禁、略取・誘拐、Cその他重大な犯罪であって、通信傍受が捜査手法として必要かつ有用であると認められるものという4類型を例示し、「作業分科会における検討(2)」も、これを踏襲している。

 しかしながら、こうした通信傍受法の対象犯罪の拡大や傍受手続の簡略化、会話傍受の導入には、以下の理由から、到底賛成できない。

 (1)憲法上の疑義
 そもそも通信傍受はその性質上、憲法の定める捜索・差押えにあたって場所及び対象物の特定を要求している令状主義(憲法35条)、適正手続の保障(憲法31条)をはじめとする憲法上の要請を満たすことが困難な捜査手法である。また、かかる捜査手法はプライバシーの侵害等深刻な人権侵害をひろく生じさせる危険性をも内在するものであり、こうした点は、同法の制定過程から指摘されてきたところであり、そのため、通信傍受法においては、対象犯罪はごく重大なものに絞られ、また、人権侵害を完全に防ぐにはなお不十分なものではあるにせよ、通信事業者の立会いなど厳格な手続的要件が設けられていたものである。

 通信傍受法は、こうした重大な問題をかかえたまま立法化されたものであり、通信傍受法の制定過程において、当部会は、このような捜査手法は憲法上の疑義が極めて大きいことを懸念し、強くこれに反対してきた経緯がある。

 今回の「基本構想」は、こうした憲法上の疑義は何ら払拭されていないにもかかわらず、憲法上の疑義をより拡大するものであり、到底是認することができない。

 (2)捜査概念の逸脱
 そもそも通信傍受(盗聴)という捜査手法は、その性質上、未だ発生していない犯罪を対象とすることが意図されており、犯罪の捜査(司法警察作用)ではなく犯罪の予防・鎮圧(行政警察作用)としての性質を持つものであり、捜査手法として容認することには大きな問題があることが、通信傍受法制定過程においても指摘されていた。

 この点について、両者は既成の観念的区別に過ぎないとする反論も見られるが、予防的な行政警察権の行使が過度の治安警察社会を招来しやすいことは、経験的な事実というべきである。すなわち、犯罪の予防を目的とする取り締まりは、未だ発生していない事態の防止という性質上、際限がなくなりかねないという本質的な傾向があるのであり、従って、両者は、形式的な区別とは言えないのである。むしろ、両概念の区別は、犯罪の抑止と自由の確保という実質的な価値の衝突について、我が国の刑事実務において意識的・選択的に形成されてきた歴史的、伝統的な概念であると言うべきであろう。

 (3)立法事実の欠落
 そして、このような憲法上の強い疑義を押して制定された通信傍受法の規定を改正して、さらに対象犯罪を拡大しようというのであれば、その必要性について厳密な検討が必要であるが、そのような立法事実は何ら示されていない。また、対象犯罪の拡大と手続の緩和を主張するのであれば、制定過程において強く指摘された濫用の可能性が拡大しないかどうか、そして通信の秘密が不当に侵害される危険がないかどうかが十分に検討される必要があるが、そのような議論は全く尽くされていない。上記のように、未だ発生していない事態についての予防的な捜査活動は、探索的・網羅的に拡張していく傾向を本質的に内在しており、恣意的な運用や無制約な盗聴による通信の秘密とプライバシーの侵害が、常に拡大することが強く懸念されるのである。

 (4)会話の傍受
 会話の傍受については、通信の傍受よりも一層、傍受対象の限定がなされず、広範な運用にならざるを得ない。捜査機関の恣意的な会話傍受の運用が可能となり、偶然に居合わせた第三者の会話を含めて、無制約にプライバシーの侵害が拡大する恐れが大きい。かかる捜査手法は到底認められない。

3 「被告人の証人化」について 

 「基本構想」は「公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等(司法の機能を妨害する行為への対処)」として、「証人の出頭及び証言を確保するための方策」、「証拠湮滅罪等の法上定の引上げ」とともに「被告人の虚偽供述に対する制裁」をあげ、その内容として、「被告人の虚偽供述を抑止し、真実の供述を確保するため、公判廷における被告人の虚偽供述に対する制裁を設けることについて、指摘される懸念をも踏まえ、その採否も含めた具体的な検討を行う。」とした。

 この「基本構想」では被告人の「虚偽供述に対する制裁」の具体的な方法として、「現行の被告人質問を維持しつつ、被告人質問でなされた虚偽供述を処罰対象とする罰則を設ける方法」と「確立している証人尋問手続きを活用することによって被告人に証人適格を認め、その供述を証拠とすることを望むときは、被告人が証人として偽証罪の制裁の下で証言する仕組みとすること」の2つが示されていたが、「作業分科会における検討(1)」では、被告人を証人とする案が選ばれた。すなわち、現行の被告人質問を廃止し、被告人が事件について事実を供述するためには証人とならなければならず、これについては被告人の包括的黙秘権は適用せず、一般の証人と同様に証言拒絶権以外は黙秘や供述拒否は認めないという内容である。

 そして、「作業分科会における検討(2)」においてもこの「被告人に証人適格を認め、被告人が証人として行った偽証にも偽証罪が適用されるものとする」という、被告人の「証人化」の提案が維持されている。

 しかし、こうした「被告人の証人化」の構想には、以下述べるように到底賛成することができない。

 (1)立法事実の不存在
 @ 「基本構想」が「被告人の虚偽供述に対する制裁」の立法化の必要性の根拠として指摘しているのは、以下の点である。

  (ア) 被告人の公判廷における供述の在り方として、わが国の被告人質問が英米法系とも大陸法系とも異なる、言わば中途半端な存在であるとしたうえで、こうした「中途半端な被告人供述の取扱いが、総じて被告人の公判供述に対する信用性に疑義を生じさせることとなっているのではないかとの指摘」があること、

  (イ) 「一般国民の間では、うそをついてはならないのが当たり前であるのに、被告人がうそをついても制裁がないというのでは、刑事司法制度の在り方が国民の意識からかい離したものとなり、国民の信頼を失うものとならないかとの指摘」があること。

  (ウ) 現行の被告人質問制度を維持して、被告人が公判廷で虚偽の供述をしても何ら処罰を受けないままとするのでは、新たな刑事司法制度がより充実した公判審理を指向するとしても、被告人の捜査段階における供述調書への過度の依存を改めることはできないことから、被告人が公判廷で真実を語るべきであるという当たり前のことを担保するため、公判廷における被告人の虚偽供述を処罰する制度を導入するべきとの意見が示されたこと。

 A しかし、これらの点は、以下述べるように立法事実たりうるものではない。

 (ア)については、現行の被告人質問に対しては反対尋問が行われ、被告人が事実を争うケースでは、検察官や裁判官から極めて厳しい反対質問が行われ、供述の信用のチェックがなされている。偽証罪の制裁がないから一般的に被告人の供述の信用性が乏しいという実情はない。

 (イ)については、法廷で虚偽の供述をした者は被告人であっても処罰すべきだという、ポピュリズムのレベルでの道徳論にすぎず、立法事実たり得るものではない。

 (ウ)については、前半部分にて、被告人の虚偽供述を処罰しない現行制度を維持すると捜査段階における供述調書への過度の依存を改めることはできないと述べるが、両者は関連性がない。供述調書への過度の依存を改めることを口実に、被告人の虚偽供述への制裁を導入しようとする転倒した論理である。また、この制度の導入は後述するように、過度の依存をかえって高めることになる。また、後半部分は、Aと同様に、ポピュリズムのレベルでの道徳論が述べられているに過ぎない。

 B 「被告人の虚偽供述への制裁」の立法趣旨を「司法の機能を妨害する行為」ととらえるのであれば、立法事実として、被告人の虚偽供述により公判審理に支障が出ているということが示されるべきだが、そのような事実は、これまで議論されたことはなく、またこの「基本構想」でも全く指摘されていない。

 (2)被告人の防御権制約のおそれ
 @ 現行の被告人質問を廃止し、被告人が供述するのは証人としてだけという「被告人の証人化」を導入すれば、被告人の公判廷における供述に萎縮効果をもたらすことは明らかである。捜査段階において検察官の誘導や圧力に屈して虚偽の供述をしてしまった被告人が、公判廷でこれをくつがえす供述をした場合には、「偽証罪」の圧力を背景に検察官から供述調書を基にした反対質問がなされることになる。そして、仮に供述調書の内容が信用性が高いとして証拠採用されて判決で有罪となれば、公判廷での供述が虚偽供述として偽証罪の対象となる。

 こうした事態を考えると、被告人は公判において捜査段階の供述を覆えして、真実を語ることはできなくなりかねず、防御権の制約は著しい。

 A 加えて、「作業分科会における検討(2)」では、「被告人の虚偽供述に対する制裁」の拡張型として、以下の提案がされている。すなわち、「被告人又は弁護人の請求により、被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものが取り調べられたときは、その供述が公判期日における証言としてされたものとみなし、裁判所は、検察官に尋問の機会を与えなければならないものとする。」との提案である。

 しかし、これが制度化されると、自らに有利な捜査段階における供述書や供述録調書が存在しても、被告側は、その取調べ請求をあきらめるか、あるいは請求する場合には「証人」として検察官の反対質問を受ける負担を覚悟するのか、二者択一を迫られることになり、防御権の制約は著しい。

 (3)供述調書への依存を高め、捜査改革に逆行する
 そして、被告人が公判廷で「証人」として供述することを迫られることになれば、被告人の供述は、捜査段階において作成された供述調書からしか得られなくなるから、このことは、捜査段階の供述調書の比重が格段に高まることになり、いままで以上に供述調書への依存を高めることになる。これは国民的な期待である捜査改革に逆行するものである。

 (4)「結論ありき」の議論の不当性
 「作業分科会における検討(2)」では、以下の項目が「制度設計上の検討課題」とされている。

 ○ 被告人が証人として証言する場合や被告人の供述書等が取り調べられた場合に、共同審理を受けている共同被告人にも尋問の機会を与えるものとするか。
 ○ 被告人が偽証以外の方法で虚偽の供述を公判に顕出すること(虚偽の供述書の提出  等)も、処罰の対象とすべきか。
 ○ 被告人が証人とならないこと自体により不利益な推認がされてはならない旨の規定を設けるべきか。
 ○被告人が証人となる場合、現行の被害者参加人による被告人質問(刑訴法第316条の37第1項)と同様の範囲・要件で、被害者参加人による被告人の尋問を認めるものとするか。

 しかし、これらは、制度導入の可否の検討に当っての前提問題として解決しておくべきものであり、被告人の「証人化」は、こうした議論を置きざりにした「結論ありき」のものであり、極めて不当である。

4 勾留と在宅の間の中間的処分について

 (1)
 「基本構想」は、「被疑者・被告人の身柄拘束の在り方」について、「身柄拘束に関する適正な処分を担保するため、その指針となるべき規定を設ける」という提案のほかに、「勾留と在宅の間の中間的な処分を設ける」という提案について、「指摘される懸念をも踏まえ、その採否を含めた具体的な検討を行う」とした。

 この「勾留と在宅の間の中間的な処分」(以下、中間処分という)については、「作業分科会における検討(1)」において、@その要件が、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、罪証を隠滅し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある場合であって、中間処分が相当であるときに限り、することができるものとする。」とされ、A期間は2か月、B被疑者に遵守事項が課され、これに違反した場合等には刑事施設に引致され、留置の必要があると判断される場合には検察官による勾留請求を経て裁判官が勾留することができる、という内容が示された。しかし、ここでは、「中間処分が相当であるとき」が如何なる場合かは示されていなかった。次いで、「作業分科会における検討(2)」において、この「中間処分が相当であるとき」について、次のような要件が示された。すなわち、「(保釈不許可事由の)いずれにも該当せず、かつ、被疑者が罪証を隠滅し又は逃亡するおそれの程度、隠滅するおそれのある罪証の内容及び性質その他の事情を考慮して相当と認めるときに限り、することができるものとする。」

 (2)
 この提案は、一見すると、これまで勾留されていた事件が中間処分に移行し、被疑者・被告人の人権保障に大きく寄与するかの印象を与える。

 しかし、そのような単純なものではなく、以下述べるような大きな問題をかかえている。すなわち、この中間処分によって、従来勾留がなされていた範囲が縮小されて、勾留による被疑者の権利の制約が緩和される保障はなく、逆に拡大・強化される運用となることが懸念されるのである。従来であれば、事案の軽微さや被疑者の受ける不利益の重大さ等により、勾留請求とされず、あるいは勾留請求が却下されていた事案まで、この中間処分の対象となることが想定されるのであり、この処分が住所の制限や捜査機関への出頭義務まで課していることを併せ考えると、その不利益の拡大は看過しがたい重大なものといえる。

 ことに、「作業分科会における検討(2)」の「検討課題」において、「検察官が勾留を請求した場合にも中間処分を可能とするか。」あるいは「勾留中の被疑者について中間処分への変更を可能とするか。」などというテーマが摘示されているところ、仮にこれらを認める制度設計となるとすると、前述の懸念はより拡大するのである。さらに、「保釈制度とは別に、起訴後についても中間処分を設けるか。」とのテーマも「検討課題」として摘示されており、起訴後の被告人のうける不利益が拡大するおそれも強いのである。

 結局のところ、捜査官による供述の獲得に向けた手段を拡大することに大きく貢献する制度として機能するのではないかとの危惧が存するのである。

 (3)
 中間処分の創設は、現在の勾留実務の実情が、適正手続や被疑者・被告人の防御権の観点から大きな問題を抱えているという問題意識の下に提案されているのであり、そうであるとすると、勾留実務の改善と合わせ、その制度設計が検討されなければならない。しかるに、「基本構想」や「作業分科会における検討」は、現行の勾留実務は基本的に適正に運営されていることを前提とした、勾留実務の改善を伴わない構想となっており、この点からも問題がある。


第3 議論の在り方について

1 憲法論、原理原則論の欠如

 本来、刑事司法制度をめぐる諸課題の検討においては、憲法が保障する刑事手続き上の諸権利をはじめとする被疑者、被告人の権利保障の観点からの議論が不可欠である。

 しかし、「基本構想」においては、憲法論や適正手続保障、黙秘権の保障といった原理原則との関係で検討が行われた形跡はまったくみられない。特別部会における審議の過程においても、憲法論をはじめとする被疑者、被告人の権利保障の観点を踏まえた議論はほとんど行われていない。むしろ、刑事訴訟法研究者である井上正仁委員が、取調受忍義務の存否をめぐる問題を「神々の争い」と評していたことからも明らかなとおり、議論の全体を通じて憲法論、原理原則論が無視ないし軽視されていた。

 取調受忍義務の存否をめぐる議論ばかりでなく、通信傍受の合憲性の議論や黙秘権をめぐる議論、証拠開示をめぐる議論などは、現在においても、学説上厳しい対立、議論が交わされている争点であり、制度改革を検討する上でもこれらの議論の蓄積を踏まえた検討は必要不可欠である。

 この点、法律専門家ではない委員からは、取調べの全面可視化の意見が出されたり、全面的証拠開示といった憲法論、刑事手続き上の原理、原則論に忠実な提案が出されていたが、十分な理論的な根拠を提示できないまま、法律専門家らによる反対意見に押されてしまった。

 憲法論、刑事手続き上の原理、原則論の無視ないし軽視の姿勢は、刑事司法制度の問題を扱う法制審議会の特別部会の姿勢として許されないものといわざるを得ない。とりわけ、本来、憲法論をはじめとする理論的問題について専門的知見を有しているはずの刑事法研究者の特別部会における議論の姿勢は厳しく批判されるべきである。

2 「はじめに結論ありき」の議論

 「基本構想」や「作業分科会における検討」といった「取りまとめ」の書面は、捜査機関側の官僚が中心となって作成されていることもあってか、特別部会における議論状況が反映されないものとなっている。

 一例として、取調べの録音・録画制度をめぐる議論を見てみよう。マスコミ報道にもあるように、この問題については特別部会における議論の対立状況があり、全事件における取調べの全過程での可視化を求める有識者委員らと、対象事件を裁判員制度対象事件としたうえで取調官の裁量に委ねる、あるいは例外事由を広く認める案を主張する法務・検察や警察の官僚委員らの意見とが対立しており、前述したA案とB案というような意見の対立ではないのである。しかるに、取りまとめられた書面では、全事件における全過程での可視化を求める意見は全く記載されていないのである。

 また、議論状況が反映されていないばかりでなく、「取りまとめ」の内容が、一定の方向に結論付けられ、一定の議論に誘導する「取りまとめ」となっている点にも大きな問題がある。

3 「一体的提案」の不合理さ

 現在の刑事司法制度のかかえる課題は、数々の誤判、冤罪事件の温床となった被疑者取調べ中心の刑事手続全体の構造の改善、改革であり、そのための改革提案として録音・録画制度の導入による取調べの全面的可視化、全面的かつ事前の証拠開示、起訴前保釈の導入をはじめとする保釈制度の改善、弁護人の取調べ立会権、被疑者国選弁護の拡大等の提案が議論の俎上に上ってきたところである。

 ところが、今回の特別部会においては、これらの改善、改革提案については、被疑者国選の拡大を除いては、部分的かつ限定的な提案しかなされておらず、防御権の保障や適正手続の保障という観点からは極めて実効性の乏しい提案となっている。すなわち、@可視化問題については、裁判員制度対象事件の身柄事件のみを対象としたうえで録音・録画の適用対象外事由を幅広く認めるという捜査機関のための録音・録画制度がめざされ、A証拠開示については、僅かにリスト開示が、「犯罪の証明又は捜査に支障を生じるおそれ」までをも不開示事由とする内容で提案されており、B身柄拘束の改善については、実務的な運用においてこれまで認められていた保釈が狭められる方向で機能しかねない「勾留と在宅の間の中間処分」の提案にとどまっている。

 他方で、取調べ中心主義に親和的で、かつ取調べの比重を現在以上に高める可能性のある捜査権限の拡大、強化を志向する司法取引の導入、通信傍受の拡大、会話傍受の導入、「被告人の証人化」等々の提案が同時になされ、混然一体となって議論されている。しかし、被疑者、被告人の防御権に関連する課題と捜査権限の拡大強化のテーマが一体として議論される必然性はない。このことは、通信傍受の拡大、会話傍受の導入が、被疑者国選の拡大や証拠開示の問題と一体となって議論される必然性、必要性が存在しないことからも明らかである。

 このような関連性に乏しく、かつ方向性の全く異なる提案が同時になされることにより、刑事手続き上の原理、原則に反し被疑者、被告人の適正手続上重大な疑義がある立法提案が、部分的可視化、被疑者国選の拡大、公判前整理手続の枠組みのもとでの例外ありのリスト開示といった「ささやかな成果」との引き換えに法曹三者による政治的な妥協として、実現されるとしたら、国民にとって極めて不幸なことと言わねばならない。


おわりに

 冒頭に述べたとおり、特別部会において検討されている「改革」は、検察のあり方に対する批判的検討が国民的な期待であったにもかかわらず、捜査機関の権限の拡大、強化を実現するものに変容してしまっている。 

 このような「基本構想」に基づく「新時代の刑事司法制度」の改革提案は、2001年の司法制度改革審議会意見書による「刑事司法改革」が、「経済構造改革」の「最後のかなめ」として、規制緩和・市場原理主義社会における治安対策の強化(刑罰の強化)を実現するために公判手続の大幅な制度改変を実現したのに続いて、今度は捜査段階の制度改変=刑罰強化を断行しようとするものと言えよう。

 しかし、私たちは社会のあり方として、そうした刑罰強化や治安国家化を望んでいない。幸いわが国社会における犯罪発生件数は減少を続けており、治安悪化という現象は見られない。そのような中で、殊更に捜査権限の拡大、強化を断行しようとする基本構想の内容は、まことに歪で異常な内容であると言わざるを得ない。

 当部会は、以上の理由により、かかる「基本構想」の立法化には強く反対するものである。
以上
2014年2月15日
青年法律家協会弁護士学者合同部会
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